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玄関を大きくあけて、将臣を招き入れた。
とりあえずソファに座らせる。
「コーヒーでいいよね?」
返事を聞かずに台所に立ったのは、一刻も長引かせたかったから。
そう、私にとっては彼の姿が変わったことよりも、これから訪れるだろう別れ話のほうが気になっていた。
コンロに火をつける。
コーヒーの粉をフィルターにセットして、カップに乗せる。
その間も心臓がドキドキと煩かった。
「遙香‥‥‥」
「えっ」
いつの間に来たのか。
将臣の声がしたと思ったら、その瞬間にも私は背後から抱き締められていた。
途端に高鳴る心臓が苦しい。
「ま、将臣っ?」
「‥‥‥お前、ここ一週間どこにいたんだ?毎日来たのに留守にしやがって」
「‥‥‥‥」
「携帯も変えたよな」
「‥‥‥‥‥」
「散々心配掛けやがって‥‥‥ったく、今日いなかったらおかしくなりそうだったぜ」
「‥‥‥何よ、それ。私だけが悪いと言いたいの?」
ここ暫く、ずっと心に重くのしかかっていた痛みが、悲鳴を上げる。
怒りとなって、表面に浮き出てきた。
将臣の手を思い切り振り払うと、正面に向き直る。
思い切り睨んでいるつもりなのに、緩みきった涙腺からは簡単に涙が溢れてしまった。
将臣が、驚いているのに。
別れ際くらい、強い自分でいたかったのに。
ああもう、こんな時に泣く女なんか鬱陶しいだろうな。
けどもう、仕方ない。
「良かった‥‥‥俺を忘れた訳じゃ、ないんだな」
そんな私を見て、あろう事か将臣は嬉しそうに笑った。
益々ムッとして、文句を言ってやろうとした私の体は、今度は正面から抱き締められる。
「離してよ!!」
「嫌だ、離さねえ」
「将臣なんか嫌い!!大嫌い!!」
「でも、俺はお前が好きだ」
「‥‥‥は?」
「一日も忘れられなかったんだ」
将臣の言い方は、一週間や二週間会わなかったことに対して、と言うには重すぎる気がした。
そう。長年会えなかった、ように。
そこでやっと、私は我に返った。
将臣の姿。
急激に何年もの歳月を重ねて現れた彼の身に、何があったのか。
やっと、不思議に思った。
「頼む、聞いてくれ」
私は頷いた。
「‥‥‥で、こっちに戻ってきた」
「う〜‥‥」
頭を抱えたくなった。
まず説明してくれたのは、先日会った少女は幼馴染みで将臣の弟の彼女で、京という異世界の「白龍の神子」だと言うこと。
その幼馴染と将臣と弟はある日突然異世界に飛ばされた、と。
三年半以上も、その京で過ごしたという。
「まぁ、あっちでの詳しい話はおいおいしてやるよ。お前の頭ん中、パンクしそうだしな」
「う〜‥‥‥そうしてくれる?」
話をしながら器用に脱がされた服は、ベッドの下に散乱している。
話が長くなったのは、途中で中断したからなんだけど。
「大事な話の途中にあんなことするから、頭に入らないじゃない」
睨みつけると、将臣は仰向けに寝転がったまま、私の腰に腕を回して引き寄せた。
彼の上にうつ伏せで乗せられた状態になる。
触れ合う素肌が心地いい。
「もう!聞いてるの!?」
文句を言おうとして、顔を上げたけど。
とても切なそうに見つめてくる青の眼に、私まで泣きそうになった。
「お前がこんなに簡単に信じてくれると思ってもみなかった。もっと早くに来りゃ良かったな。
‥‥‥泣かせてごめんな」
いつの間にこんなに泣き虫になったのか。
またぼろぼろと泣き出す私を、力強く抱く腕。
例え姿は違っても、逞しくなっても、優しさを感じるのは同じ。
「望美がお前に会った、って言うから慌てて来たらもういないし。一週間通っても帰ってこないし、携帯は変わってるしで本気で焦ったぜ」
「だって、それは‥‥‥」
「分かってるよ。俺が悪い。
好きな女を泣かせてしまったからな」
なんて言えばいいのか分からなくなった。
嬉しいのと切ないのと、愛しいのと。
代わりにキスをすれば、すぐに熱は高くなる。
「将臣が傍にいてくれたら、もういいよ」
「ああ、もう離れない」
‥‥‥翌日になれば将臣に連れられて有川家にお邪魔して。
弟君と幼馴染の望美さんと、とんでもない美形集団に引き合わされて卒倒するとは知らず。
ただただ甘い言葉を囁きあいながら、将臣の「三年半以上の餓え」を満たすべく、抱き合った。
今度はちゃんと将来を、約束して。
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