(2/3)
最初は風邪でも引いたのかしら、程度に思っていた。
もし迷惑でないなら、お見舞いにでも行こうかと。
将臣の家を訪ねたことはない。
けれど、場所は詳しく聞いていて、家から歩いて二十分ほどだと言う事も知っている。
だって、毎日あったメールが突然途絶えた理由なんてほかに思い当たらない。
‥‥‥他に思い当たりたくない、が正解なのかもしれない。
答えが怖くても、それでも勇気を振り絞って、何度かメールをしたけれど、何の反応もなくて。
一度だけ掛けた電話は、着信音がむなしく響いていた。
これ以上しつこくなんて、怖くて出来なくて‥‥‥。
でも、もし彼の身に何かあったのなら、と思うと居ても立ってもいられない。
欠片ほどの勇気を出したのは、連絡が途絶えて一週間してからのことだった。
とうとうやってきてしまった。
「大きな家‥‥‥」
予想外に立派な家に、圧倒されて佇んでしまった。
「有川」の表札が、存在感を訴える。
‥‥‥ここに住む将臣にとって、私と過ごした空間はどれほど狭く感じただろうか。
そう思ってしまうのは、きっと今の私が寂しいから。
「っと。こんな所にずっと立っているわけにもいかないもの」
自分の声で勇気を振り絞って、ベルを鳴らそうとしたけれど。
「お邪魔しました!!また明日ね!」
丁度玄関から出てきた人物に、私の手は中途半端に止まった。
中の声は聞こえないまま、ドアが閉まる。
「あの‥‥‥?」
「あ‥‥」
その人物‥‥‥高校の制服を着た少女は、玄関に居る私に気付き首を傾げた。
言葉を失った私に、人当たりの良い笑顔を向ける。
サラッと揺れる紫苑色の髪が、眼についた。
「何か、ご用ですか?」
「‥‥っ!!ごめんなさい!!」
「あ、あのっ!!」
背後で彼女が何か叫んでるのも聞かずに、夢中で走ってしまった。
「馬鹿みたい」
この歳になって、逃げ出すしか出来ないなんて。
涙がぽろぽろと溢れて止まらない。
将臣はもう、私を必要としていなかった。
ううん。最初から必要となんてしていなかったのかもしれない。
あんなに綺麗な彼女がいるんじゃ、私に飽きても仕方ない。
「私ってば、馬鹿だ」
いつの間にか、彼に縋っていた。
好き、も、愛してる、も言われたこともないのに。
愛されていると思うなんて自惚れもいいところ。
見上げた昼下がりの空の青に、彼の髪を重ねる自分。
尚更、自分の胸を締め付けるくせに。
前の時は、将臣が忘れさせてくれた。
けれど、今度はきっと忘れるのに時間がかかりそう。
それだけは、間違いない。
年末は仕事も忙しい。
師走とはよく言ったもので、残業に明け暮れていた。
家に帰るのも億劫なので、会社に近い同僚の家に泊まらせて、貰っていた。
丁度今の私には有り難かった。
仕事をしていれば、何も考えられずに済む。
そして夜は、彼女と飲んで眠って。
いつまでもこうしてはいられないのは、分かっているけど。
有川家の前に行って、次の週末を迎えた。
いつでも来てね、と言ってくれた同僚に丁重に礼を言い、マンションに帰った。
久々に帰る空間は狭い筈なのに、何故かとても広く感じる。
一週間しか経っていない、そう分かっているのにリアルに苦しんでいる自分。
情けないと叱咤していた。
ふと、ソファに掛けられたものが眼についた。
「あ‥‥」
涙がまた溢れてしまう。
手に取ると、将臣の残していったシャツから彼の匂いがして、それが余計に泣けてきた。
忘れるにはどうすればいいの。
‥‥‥家に居るのは辛くなって、買い物にでも行こうかと思い立つ。
靴を履けば、何度目か分からない溜め息。
まさか外に人が立っていたなんて思いもよらない私は、思い切りよくドアを開け放った。
「よお」
外に居た人物にも気付かずに。
一瞬誰か分からなくて、眉を顰めてしまった。
私の表情を見ると、「まぁ、な」
と寂しそうに呟く。
記憶に鮮明に残るのと同じ、でも‥‥‥。
彼は、私の知る人物に似ているけれど、違う。
将臣は大人びて見えるとはいえ、やはりどこかに少年の部分を持っていた。
なのに、目の前で私の言葉をじっと待っているようにも取れる彼は、成人した男性そのもの。
広い肩も、コートを着ていても分かる筋肉も、顔も、髪型も。
何もかもそっくりで、そして将臣よりも大人。
そう、きっと二、三年歳を重ねたらこんな風になっているのかもしれない。
だから、最初はお兄さんなのかと思った。
けれど。
「‥‥‥将臣なのね?」
確信があったわけではない。
何故こんなことが起こったのか、理由も分からない。
直感が、告げただけ。
彼は私の惚れた人だと。
「‥‥‥良かった。お前なら分かってくれるかも、って半分は掛け
だったからな」
ホッとして笑う笑顔は、確かに私が愛しいと思っていた笑い方そのもの。
「中、入れてくれるよな?説明くらいさせてくれよ」
仕方なく頷く。
ちゃんと別れ話を切り出されたほうが、きっといいから。
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