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五節の奉納舞が始まった。
綺麗に着飾ったのはいいけれど、衣装が重い。
五人の舞姫の一人に選ばれた私。
舞えない私に御声が掛かったのが謎で仕方ないけれど、ここまで来たんだもの。
舞うしかない。
腹を括れば度胸は座る。
最初の楽の音を聞いた瞬間に、滑る様に身体が動いた。
ひらひらと裾を翻してただ無心に舞った。
何も考える事もなく、ただ羽根の様に身体を翻して動く。
豊穣と神の慈愛を祈願する、舞を。
「凄い!!綺麗だったよ遙香!!」
「‥‥‥ありがとう。緊張した‥‥‥」
「嘘っ。全然見えなかったよ」
奉納舞が終わり、今上帝から御声を頂いた時が一番緊張したのだけど。
着替える為、女房に室に通された私を待っていたのはあかねだった。
ニコニコと笑顔で私の手を取る彼女に、罪悪感と使命が生まれる。
ごめんね、あかね。
私、友雅さんが好き。
「あかね、あの」
「ごめんね遙香っ!!」
「‥‥‥は?」
柏手を打つ様にパンっと手を叩く。
ぎゅっと眼を瞑り謝る姿が、本当に申し訳なさそうに見えた。
あまりの唐突な行動に上手く頭が付いていけない。
当然の如く、掛ける言葉もなかった。
よほど難しい顔をしていたのだろうか。
あかねは恐る恐る視線を上に上げ、眉を顰めた。
泣きそうになるあかねは、やっぱり可愛い。
こんな事を考えてしまう程に、私は多分訳が分かっていないのだろう。
「うわぁ怒ってる」
「怒ってる、って言うか訳が分からないんだけど‥‥‥それよりも」
「あ、待って!私の話を聞いて!!」
凄い勢いで私の手を取った。
「友雅さんの事、好きだなんて嘘吐いて‥‥‥ごめんね?」
「‥‥‥‥‥‥‥」
「ああ言えば遙香が焦って素直になると思ったんだけどさぁ。遙香ってば落ち込んで引きこもっちゃうし、私は後で怒られるし‥‥‥ほんっとに参っちゃった」
「‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥やっぱり怒ってる、よね?」
真っ白。
「遙香の為を思ったんだけど、余計なお世話だったから本当にごめんなさい!!」
「‥‥‥‥‥‥‥はぁ?」
力が抜けて、座り込んだ。
「わ、遙香っ!?」
「‥‥‥あかねの馬鹿」
私の目線に合わせるべく、あかねも慌てて座る。
覗き込んで来るその翠の瞳には、心配の色しか浮かんでない。
お節介なあかねに振り回されて。
あんなに悩んで損した気分。
けれど、それがなければ素直になれなかった、かもしれない。
ありがとう、と言うべきなのかも‥‥‥
「遙香殿、此処にいるのかな?」
答えを待つあかねを懲らしめるべきか、礼を言うべきか。
うーん、と考えていた私の名前を呼ぶ、御廉越しの友雅さんの声。
「友雅さん。どうぞ」
弾む声音を隠し切れないのが、自分でも分かってしまった。
あ、と思った時には既に遅し。
「ふーん。なぁんだ」
「何よ」
「こないだ友雅さんまで思い詰めてたから心配してたんだけど、無駄だったみたいね」
ニヤニヤ笑うとあかねは立ち上がった。
丁度、背後に御廉を上げて室内に友雅さんが滑り込む気配がするのと同時。
「おや、神子殿もいたのだね。麗しい姫君二人に会えるなんて光栄だ」
「そろそろ戻るね!待たせているし」
「待たせているって、誰よ?」
「秘密」
ふふふっ、とある意味薄気味悪く笑うと、あかねは足取りめ軽く室外に出て行った。
「見事な舞だね。月から舞い降りた天女と見紛う程だった」
「‥‥‥ありがとうございます。あの、まだ着替えてないので」
「ああ、そうだね」
背後で微笑の気配。
きしり、と足音がすればその瞬間に背後から包まれた。
「遙香殿‥‥‥君は知っているかな?月から来た姫を返さぬ為に羽衣を奪った、憐れな男の話を」
侍従の香に包まれる。
柔らかく波打つ髪を頬に感じて
耳に艶めいた声を感じて、
それだけで泣きそうな程に高くなる胸の音。
「このまま君を奪おうか。私の元へ、何処にも行かない様に」
やっぱり私の唇は、
紡ぐ言葉が出てこない。
代わりに後ろを振り向き大きく頷き、首筋に腕を回した。
抱き上げられて間近に見上げる、熱の籠った眼。
夜が明けるまでに、伝えられるといい。
熱に溶かされ緩む、この唇から素直に。
この胸を一杯にした‥‥‥‥‥貴方への想いを。
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