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誰か来た。
足音は部屋の前で止まる。



こんな体勢、見られてしまう訳にいかない。




もし、あかねの耳に入ってしまえば‥‥‥




腕を突っ張ろうとする。
ぐっ、と更に深く胸に押し付けられる。



押し返す力と、引き寄せるちから。
男のそれに女が勝てる筈もないけれど。



「その声は鷹道かな?」

「はい。友雅殿、こちらに居られたのですか」



鷹道、と呼び掛けるまで誰の声か分からない程、私は恐慌状態に陥っていたのかもしれない。


「‥‥ねが‥‥はなしてっ‥‥」


自分でも信じられない程の、小さな声が漏れる。


お願い、これ以上私を掻き乱さないで。


「‥‥‥‥‥‥遙香」

「‥‥‥えっ?」



掠れる声があまりにも切なく聞こえたから、思わず顔を上げた時、それは降りた。



「んっ‥‥‥」



唇に触れる、唇。
緩やかな曲線を描く彼の髪が頬を撫でる。



「失礼しま―――友雅殿!?」



驚く鷹道さんの声。
一瞬だけ、鼓動を止めた心は再び動きだした。


今度こそ、腕に力を入れた。

今度はあっさりと離れてくれた。
鷹道さんを振り返る。
引きつりながらも安心させるように笑いかけると、鷹道さんは頷いて正面を見た。



「‥‥‥舞を御教授頂く際に、約束を交わした筈ですが」

「‥‥‥遙香殿には戯れに手を触れない、だったかな?」

「よく覚えておられますね。でしたら」

「鷹道」


友雅さんは部屋を横断して、御廉を手繰り上げる。
その所作の途中、肩越しに振り返った。


「私は戯れで遙香殿に触れた覚えなどないが‥‥‥では遙香殿、また明日」

「あ、はい」


友雅さんの姿を御廉が降りる時のさざめきが隠して、見えなくなっても。


「遙香殿、帰りましょうか」

「はい‥‥‥」


鷹道さんが労る様な声を掛けてくれても。
暫くの間、私の足は機能してくれなかった。










戯れで触れた覚えなどない











‥‥‥あかね、ごめん。

私は友雅さんが好き。



けれど、あかね。
あなたの恋を応援したいのも、本当なの。






  



それから毎日顔を合わせて、でも、互いに近寄る事はなかった。


舞の練習も毎日の様に普通にする。



けれど互いに他の話をする事も、なく。


それでも私は嬉しかった。

貴方に会える、それだけで。
どんな形であれ、貴方の時間を独り占め出来る。




会う度に、舞う度に募る想い。



「短期間とは言えここまで出来るとは思わなかったね。正直、私も驚いているよ」

「‥‥‥いえ、友雅さんのお陰です。ありがとうございました」



かれこれ一か月が経過した。
何とか舞える様になったのも本当に友雅さんのお陰だろう。


「では、遙香殿。私は失礼するよ」

「あ‥‥‥」


ふわり、と頭を撫でる暖かい手。

顔を上げると友雅さんは微笑を浮かべていた。


明日、五節の舞が行われる。
その日の為だけに友雅さんに来て貰っていたのだから。


今日で最後。

今日で、最後。




「友雅さんっ‥‥‥」

「何かな?」



何を言おうとしたのか。
名前は勝手に口から零れていた。


心の中では何万回も呼んだ名前。

そして、本人を前にしてだと殆ど呼べなかったその一言を。




気が付けば彼の顔は霞んで見えた。
すぐに、それが自らの涙によるものだと気が付く。



好きなのに、とか。
あかねが、とか。


言えない事が苦しくて、想う事が苦しくて‥‥‥





素直に慣れない私に我慢出来ないのか、
気持ちが涙となって溢れた。



「遙香殿」



深い声。
手を伸ばして、胸に縋り付く。


回される腕は以前と違いただ暖かくて、宥める様に背を擦ってくれた。

あやす様な手はただただ優しい。
それが尚更悲しくて、私は声を上げて泣いた。




「‥‥‥君の心は月の様だね」


心に染み透る低い声は、私を月だと言っている。


「神子殿とはまた違う。まるで君は月の姫君の様だ。儚く見えて強い」

「‥‥‥そんなことない」

「ふふっ。自身では気が付くまいがね。皆が君を見ているのだよ。手の届かない存在だと」

「‥‥‥私は普通の人です。手が届かないなんて、そんな事ないのに」



涙は不意に止まり、逆にショックだった。


そんなに私はお堅く見えたのか、と。

ムッとして睨み付けた私にクスクス笑うと、友雅さんの指が涙を掬った。



「そうではないよ、遙香殿」



そして、再び抱き締められた。
息が止まりそうに強くて、どこにも隙間なんてない位に。

耳元に吐息がかかる。

くすぐったいのに、身体の芯に熱が灯った。




「‥‥‥私にしなさい。私なら、変わり行く君の全てを受け止められる」





哀しく凍えていた心が、たった一言で溶けてゆく。







「‥‥‥‥‥‥はい」



受け入れたのか、それとも諦めたのか。

この想いはもう、隠せない事にようやく気付いた。


そして、彼にはとうの昔にバレていた事も。







「私は君をずっと愛していたよ、遙香殿」



こんな時、応える言葉が出ない。



素直じゃない唇の代わりにに眼を閉じれば、ゆっくりと彼の唇が降って来た。



 


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