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「‥‥‥そうではないよ。足は流れるように」
「はい!」
‥‥‥嫌な予感はしていたけど。
よりにもよって‥‥‥
ただただ集中する。
鷹道さんの人選と言うべきか、人を見る目は間違いなかった。
舞の名手でこそないが、教わるには最適な人物。
そう聞いた時、なぜ思い至らなかったのだろう。
橘友雅、この人だと。
私が左大臣邸に通わなくなって、友雅さんの足が途絶えて‥‥‥かれこれひと月。
久し振りに見る彼の姿は相変わらず優雅で、その所作は流れる水の様に捉え処がなかった。
ともすれば、湧き出づる感情を押さえて私はひたすら舞った。
少なくとも楽を耳にする間は、余計な事を考えずに済むから。
「‥‥‥‥遙香殿、疲れているのかな?」
「いえ‥‥‥まだ、大丈夫です」
言葉とは裏腹に、足元がふらつく。
「もう一度お願いします」
返事を聞かずに扇を手に、片手を添える。
踏み出す一歩‥‥‥な筈が。
足が絡まり前に傾ぐ。
倒れる、と思い眼を瞑るも、待っていたのは床よりも暖かいものと‥‥‥一瞬の薫風。
「‥‥‥あっ‥‥」
「‥‥‥無茶をしてはいけないよ、遙香殿」
‥‥‥眼を、開けなくても、分かる。
私は友雅さんに抱き留められていた。
頬に血が上る。咄嗟に両手で彼の胸を押した。
「‥‥‥すみませんっ!!」
だが、いつの間にか背に回った腕が、離れる事を許してくれなくて。
それどころか、ぐっと更に力が籠った。
「‥‥‥お願い、離して‥‥‥‥‥‥」
でないと、言いそうになる。
好き、と。
貴方が誰より好きなの、と‥‥‥。
「‥‥‥‥‥‥遙香殿」
耳元に寄せられた唇が紡ぎ出すその声は、深々と底を這う楽の様に身体の一番奥を撫でていく。
「‥‥‥離して、下さい」
どうして身体は言葉と真逆で、この抱擁に痺れそうになっているのだろうか。
「‥‥‥少しだけ、こうしていてくれまいか?」
友雅さんの声はいつもの余裕がないように感じた。
掠れていて‥‥‥聞いているだけで、切なかった。
「友雅さん、私」
『私、友雅さんが好きなの』
‥‥‥あかね。
続けたかった言葉はやはり出ない。
私にはあかねとの約束は、破れなかった。
代わりに離してと言う為、顔を上げた。
予想していたよりもずっと近い距離に、友雅さんの綺麗な眼があった。
深緑の色合いよりもずっと深い、眼差し。
ふっと細められると、大人の男の色気を感じた。
「‥‥‥今、君が考えている事を当ててあげようか?」
「私が、考えている事‥‥‥」
麻痺したように、吸い込まれそうに、ただ彼の言葉を繰り返す私の唇が寂しく感じる。
こんな思い、初めてでよく分からないけれど、多分。
私は欲している。
「素直になりたい。けれど‥‥‥なれない。何が君を頑にさせているのかな?」
「‥‥‥そんな、ことっ」
「実はね、私も伊達に君より年上などではないのだよ」
ああ、お願い。
その先を言わないで。
私の心を暴こうとしないで。
「君がわ 「友雅殿!!いらっしゃいますか」」
緊張感と熱は、廊下を走る足音と声によって破られた。
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