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「‥‥‥でね、藤姫ったら‥‥‥‥‥って言うんですよ!」

「それはそれは。可愛らしい誤解だね、神子殿」

「でしょう!」


藤姫からの伝言を携えてあかねの私室を訪ねた私の足は入口手前でピタッと止まる。


中から漏れる忍び笑い。



楽しそうに、嬉しそうに弾む親友の声と、

一番聞きたくて、けれどこの場では聞きたくなかったあの人の‥‥‥艶やかな声音。



私は踵を返して、足音を立てぬ様に歩き出した。






聞いて、いられなくて‥‥‥








凍てゆるむ月の光







三日前に遡る。


ある日突然井戸に引き摺り込まれて、一緒に京にやってきた私と親友のあかね。

今日はあかねの部屋に呼び出された。



京で『龍神の神子』と呼ばれ、怨霊を浄化する為に奔走するあかねは最近多忙を極めていて、顔を合わせるのも久し振りだった。

何かあったのかな?と思いながら座ると、あかねがおもむろに手を握りしめて‥‥


「遙香、突然ごめんね!」

と、すまなそうなあかねは少しやつれていて、


「大丈夫?」


心配して声を掛けると、ありがとう、と小さく笑って。

‥‥‥あのね、と話しかけられた。


「あのね、遙香は友雅さんの事をどう思っているの?」

「‥‥‥友雅さん?」




心臓が跳ねる。




「うん。遙香は鷹道さんの邸で、友雅さんと顔を合わせる事もあるじゃない。どうなのかなぁって思って」


確かに、私は藤姫に頼み込んで、彼女の縁戚である藤原家‥‥‥鷹道さんの邸の女房となった。

それは勿論居候の身が辛くて、藤姫と鷹道さんやあかね達の反対を押し切っての事だったけど。


「う〜ん。たまに訪れるみたいだけど、私とはあまり会わないよ?」

「そうなの?だって鷹道さんのお付き女房なんでしょ?」

「そうだけど、友雅さんが来る時っていつも私が忙しくて。別に会う程の理由もないしね」


さも恋愛感情など持ってない口調で話してしまう。

本当の事は何故か言えずに誤魔化した。


あかねはそんな私を見て
ホッとしたように笑う。


「好きじゃないなら良かった!遙香が相手だと勝ち目ないから」

「勝ち目?」















「私、友雅さんの事好きなの」














‥‥‥聞かなければ良かった。




素直に言えたら良かった。
私も、好きだと。











なのに私は、頬を染める親友に手を握られて

「お願い!協力して!」

「‥‥‥仕方ないなあ」

「ありがとう!!遙香が親友で良かった!!」


満面の笑顔の彼女に、何も言えなかった。



素直じゃないな、私。








だから、今日‥‥‥


「これが藤姫ちゃんに貰った貝なんですけど‥‥‥」

「これは見事な彩色だね。なかなかの絵師のものと見受けられる」

「やっぱり友雅さんもそう思いますか」


私は、楽しそうに笑う二人の‥‥‥邪魔をする訳にはいかなくて。


静かに踵を返すしか、なかった。












「遙香殿ではありませんか」

「永泉様‥‥‥」


渡殿の向こうから歩いてきた永泉様に話しかけられるも、言葉が凍り付いた様に出て来なくて。

永泉様は私の前に立たれ、驚いた様な表情を浮かべていた。


「あの、申し訳ないのですが‥‥‥どうぞこちらへ」

「え‥‥‥」


普段の弱気な永泉様はどこへやら。

びっくりしてる私の手首をぐいぐい引っ張って、手近な一室に入った。


「あ、の‥‥?」

「‥‥‥!あ、あ、あのっ ‥‥‥突然すみませんっ」

「いえ‥‥どうかなさいましたか?」



何故永泉様が。
私に何の用があるのか。
そもそも顔見知り程度なのだ。




首を傾げる私に差し出された、一枚の絹布。


「え‥‥‥?」

「どうか、遙香殿‥‥‥こちらで拭いて下さい」


涙を‥‥‥。

顔を赤らめ恥ずかしそうにはにかむ永泉様に、私まで頬が熱くなった。

受け取った絹布はやはり上質で、さらさらと指に心地良い。


涙を拭くには不向きだし勿体ないと思いながらも、彼の心遣いが嬉しかった。

こうして人目から隠してくれたことも、敢えて涙の訳を聞かない事も。


「ありがとう、ございます」

「いえ、私などが出過ぎた真似をと思いましたが‥‥‥」

「いいえ。嬉しいと思いました、永泉様」



涙を拭きながら、私は笑みを浮かべる事が出来た。

永泉様はホッとしたように眼を緩めた。


「では、私はこれで」

「あ、待って下さい。私も一緒に出ます」


御廉を巻き上げようとした永泉様を呼び止めて、私達は揃って室外へと滑り出た。






「おや。こんな所で何をなさっておいでだったのかな?永泉様と、―――遙香殿」




一番聞きたくない声がした。

咄嗟に目の前の永泉様の袖を掴んだ私の指先に、射抜くような視線を感じたと思ったのは‥‥‥私の願望だったのだろう。

現に顔を上げた私が見たものは、何処か面白そうな友雅さんの笑顔だったから。



「何かあったのでしょうか」

「いや、この部屋に君と永泉様が入って行ったのを見たと、女房から聞いたものでね」


友雅さんは両腕を軽く組みながら、ふと笑った。


「もう、用事は済んだのかな?遙香殿?」

「はい、済みました。永泉様、ありがとうございました」

「‥‥‥いいえ。私などがお役に立てたのでしたら‥」


控え目に微笑み立ち去った永泉様に、心の中で頭を下げながら私も自室に戻ろうと‥‥‥‥‥‥したけれど。


「遙香殿」


言葉と共に、腕を掴まれた。






 


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