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「あの人がそうなんだ?ヒノエくん」

「ああ・・・・・・綺麗だろ?」

「うん!溜め息が出る位綺麗だった・・・・」


両手を胸の前で組み、うっとりする望美に弁慶が笑顔で話していた。


「遙香さんは幼い頃から綺麗な子でしたよ。七つの頃にはどこで噂を聞き付けたのか、縁談の話が次々と舞い込む程でしたから」

「そうなんですか?でも、まだ結婚してませんよね?」

「それは・・・ねぇヒノエ?」

「ヒノエくん、どうして?」


二人はわざと言い、ヒノエを見ては楽しそうに笑い合っている。




「・・・・・・・ところでヒノエ、何処へ行くんですか?」


行き先など分かりきっている筈だがわざと聞いてくる叔父に、障子を開けたヒノエは肩越しに振り返る。


「姫君を迎えにね」

「僕が代わりに行きましょうか?」

「はぁ?おじさんの出る幕じゃないっての」



それだけ言うと、音を立てて障子を閉めた。

部屋の中から叔父の笑い声がしたが、今日は気にならなかった。















彼らと別れた遙香が、部屋に戻ったのは日も暮れた頃だった。
新しく荷を移された部屋は、今までいたものより随分と大きなものだった。
一人で過ごすにはあまりにも広すぎて、落ち着かない。

夜着に着替えようと、部屋の隅の箪笥を開けた私は驚いた。
着慣れた巫女装束は一つもなく、代わりに色鮮かな着物の数々が何着も収められていたのだ。




「・・・・・・部屋、間違えたのかしら?」

「お前の部屋はここだけど?」



振り向くと、腕を組んで開け放した戸口に凭れる彼がいた。


「ヒノエ・・・」

「久し振りだね、オレの姫君」

「オレの、なんて、望美が聞いたら誤解するでしょう?」

「はぁ?何で望美なんだよ?

‥‥‥まさか、噂を本気にしてるわけ?」

「事実じゃないの?」


再びヒノエに背を向けた。ヒノエの答え如何では泣き出してしまうかもしれないから。



「‥‥‥‥‥‥オレの姫君はここにいるからね。

迎えにきたよ、遙香」



背後からふわり、と抱き締められた。




「・・・・・・あの時の約束なんて忘れてると思ってた」

「そんな訳ないだろ。これでもお前を拐う為に、頑張ってきたんだぜ?」


待たせて悪かったね姫君、と言いながら腕の力は強くなる。



涙で視界が霞み、言葉が見つからない私は、肩に回されたヒノエの腕をそっと解いた。


「遙香・・・・・?」

「馬鹿・・・」


正面から勢い良く抱き付くと、息もつけぬ程の力で抱き締められる。



 




「・・・許さない」

「すっかり姫君のご機嫌を損ねてしまったかな?」


耳元でくすぐる様に囁く声。
笑いを含んだ彼の声は甘く溶けそうになる。


「随分待ったのよ。すぐには許してあげない」

「・・・・・・なら、どうすればオレの姫君は許してくれるんだい?」


真摯な瞳で私の目を覗き込む彼。
赤い髪が暗くなった室内でも僅かな光を集めて妖しく揺れる。


「私は、あなたが欲しいわ」


ヒノエの心が、欲しい。
彼の頬に両手を添えた。


「ヒノエだけの姫君にしてくれたら許してあげる」

「・・・お安いご用だよ、オレの姫君」


願いは重なる唇で叶えられてゆく。
深まる口接けと、密着した互いの体に回された腕。



「・・・・・・最初から、オレの全ては遙香のものだって知らなかったのかい?」


だとしたら姫君は残酷だね、と唇が触れ合う中でヒノエが囁いて


・・・私は小さく笑った。



「遙香?」

「そんな事言って、また行くのでしょう?」

「・・・ああ。よく分かったね」

「それ位は分かるもの」


白龍の神子様はまだ旅の途中なのだろう。

ヒノエは彼女の八葉として、最後まで行動を共にする筈。
彼の性格上、途中で投げ出す事はしないから。



ヒノエは体を離すと、私の肩を掴んだ。
もう一度真剣な眼で見据えてくる。






「姫君の可憐な巫女姿は今日で見納めだね」

「・・・・・・どういう事?」

「どうって?今晩からオレの花嫁になるからだろ?」

「・・・早過ぎない?」


顔が赤くなるほど嬉しいけど、わざと素っ気無い反応を返す。

ヒノエは、そんな私の眼を見てニヤッと笑った。




「どこが?もう何年も我慢したんだぜ?」

「でもっ・・・・っ・・・・・・・・・」



ささやかな抵抗の言葉は、唇で封じられた。


「愛してるよ、オレの花嫁」


この一言で、私の全てが甘く溶けて行く。



「帰って来たら祝言だから待ってな。お前に似合う花嫁衣装を探して来るよ」



そう言って、幼いあの日のように指切りをした。




ゆびきりげんまん
約束だよ、と。


その後、二人で顔を見合わせて吹き出した。

















約束は違える事はなく。

源氏と平家の和議を結ぶという大役を果たした白龍の神子の一行は、再び熊野の地を訪れる。



「――ヒノエっ!」

「ただいま、オレの花嫁」


帰還を待ち切れずに出迎えた、花嫁修行中の娘と

彼女を抱き上げて、人目も憚らず口接けを送る熊野の棟梁の、


門出を祝福する為に―――











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