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着いたのは初めて見る部屋だった。
知盛殿は、そっと私を降ろすと、また腕を引いて抱き締めてきた。彼の胸の中で聞こえる確かな鼓動に、新たな涙が浮かんでくる。
生きてる‥‥‥
ずっと焦がれていた、彼のぬくもり。
「経正が、ここを使えと‥‥」
「ここが知盛殿の部屋なのですね」
私が頷くと、クッ‥‥と笑った。
「俺と、お前の部屋だ」
「私も‥ですか?」
「やっと、手に入れたからな‥‥‥‥もう、手放す気はない」
悪戯っぽく口の端を上げる表情に、私は何も言えなくなった。
小さく頷いて、目を閉じる。
「お帰りなさい、知盛殿」
羽のように、触れる唇。
「‥‥ああ」
「ともも‥‥」
また名を呼ぼうとした唇を、瞬きの間に塞がれる。今度は触れるだけでなくて、絡めとられてゆく。
息苦しさに、私は軽く身をよじった。
「ん‥‥っ‥とも‥」
逃げ出すと思ったのか。
知盛殿は私が逃げないように、しっかりと抱き締める。
くちづけはますます深くなってゆく。言葉も、吐息すらも封じられてしまうから、私の身体は熔けそうになった。
いつの間にか、ふたりして床に倒れ込む。
「あああの、知盛殿」
「‥‥‥なんだ」
知盛殿が私の首筋に埋めていた顔を上げた。
袿も重ねられた単衣も、いつの間にか身に纏っていない。いつ脱がされたのかすらわからない。
「わ、私っ‥その‥‥まだ‥‥‥」
「‥‥‥なんだ‥‥そんな事か」
クックッと艶っぽく笑いながらまたくちづける。零れる水音が耳に、身体にまた新たな熱を与えていった。
「‥‥俺に、全て任せろ」
「‥‥んぅっ‥」
「‥‥‥‥‥‥遙香‥‥」
一夜をかけて、知盛殿は私の名をずっと呼び掛けてくれた。
季節がくるくる巡る。
眩しい日差しの夏が過ぎ、愛しい秋桜の秋が過ぎ、寄せ合う肌の温もりが恋しい冬が過ぎ、それから、全てが息吹く春が過ぎても。
移る景色ごとに永遠はやってくる。
二人の中に、ずっと。
あの日、源氏に破れた知盛は壇ノ浦の海に身を投げたらしい。
そして二月後に、将臣が身を寄せていた奥州の浜辺に、打ち上げられたのを助けられたという。
傷が癒えて、ここへ来るまでに一年かかったのだと‥‥
将臣が話したのは後日の事。
それを聞いた遙香が激怒して、知盛に一晩かけて説教したのも、また後日のおはなし。
最も、説教の半分以上は蜜な秘め事だったけど。
景色は巡る。
永い恋の歌をうたいながら。
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