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夢に何度もみた彼は



初めて会ったあの日のように、
部屋の奥で柱に凭れて立っていた。











「‥‥‥嘘‥‥」



私は、幻でも見ているのかも知れない。

会いたくて、会いたくて、だからこんな風に‥‥‥







癖のある銀の髪も
紫の瞳に浮かぶ愉悦の輝きも

口の端を上げて少しわらうその顔も、きっと幻なんだ。








「‥‥‥何をしている、遙香殿」

彼は、両手を広げて私を見た。


聞きたくて仕方なかった声。



私の身体は弾けるように、彼の胸へと飛び込んだ。




息が止まりそうな位、強く抱き締められた。
初めての彼の腕の中は、熱くて強くて、愛しい。


涙が後から後から流れてきた。


「知盛殿」

「‥‥ああ」

「知盛殿‥‥」

「ここにいる‥‥」

「ほんもの?」

「‥‥疑り深い、お嬢さんだな‥‥」


ぎゅっと、腕の力を入れて、知盛殿は少し身体を放した。

至近距離で見つめ合う。
毎日、ずっと思い描いた彼の顔が、すぐ目の前にある。

「‥‥愛してる、遙香」


信じられなくて、消えてしまうのが怖くて、私はただじっと見つめていた。


「私も‥‥‥」


そんな私の、涙でいっぱいになった顔を見て、知盛殿は小さく吹き出した。

「と、知盛殿っ!」

「ククッ‥‥‥‥折角、俺の為に綺麗にしたのに‥」

「えっ‥‥‥えぇっ?」


どういう意味か
尋ねようとする私の瞼に、柔らかい唇が降りて来た。

目を、頬を、溢れる涙を、知盛殿の唇が拭い取ってゆく。

私がゆっくり目を閉じると、やがて唇が重なった。

初めての知盛殿のそれは柔らかくて気持ちがよくて‥‥‥
何だか夢みたいで、目覚めたくない私は夢中で彼と唇を交わした。













「お前らいい加減にしろ!」



と、一年ぶりに聞く将臣殿の怒鳴り声がするまで。






我に返って卒倒しかけた。
何故なら私達は、生き延びた平家の全員の前で、堂々とくちづけを交わしていたのだ。








「あの、どうして知盛殿が花婿の席に?‥‥」


ごく当たり前な、私の質問に答えたのは知盛殿でなく、経正殿だった。



「貴女が知盛殿の花嫁だからですよ」

「え?それって‥‥‥もしかして、経正殿は‥‥」

「知盛殿と将臣殿がこちらに来る事ならとっくに。
将臣殿から二月程前に、文を頂きましたから」

「ええ?二月程前って確か‥‥」





『貴女を愛しています』






経正殿にそう求められた、あれは‥‥‥


「遙香殿のお気持ちを知りたかったのです。どれほど知盛殿を愛しているか」


でなければ、突然帰ってこられても祝言の準備が間に合いませんから。


「えええっ!!」



にこやかに言ってのけた経正殿を見て、私は軽い目眩を覚えた。






(あんなに罪悪感に苛まれたのに)





‥‥‥あの時、既に彼は知っていたらしい。




聞けば、私以外の平家全員が知っていたのだ。今日が、知盛殿と私の祝言なんだと。

騙されて悔しいのと、皆の気持ちが嬉しいのと‥‥何だか良くわからないけど、もういい。




彼がいてくれるなら。














宴が始まった。


経正殿の琵琶の音に合わせて、舞手が見事な舞を披露している。


花嫁の席に着いた私は、まだ信じられなくて、何度も彼の姿を確認してしまった。お陰で舞に集中出来ない。


何度も何度も目が合ったからなのか、知盛殿が立ち上がってこちらにやってきた。



「来い‥」



ぐっと手を引き、私を立ち上がらせて荷物の様に抱えあげた。



「ちょっ‥‥‥‥知盛殿!?」

「宴などつまらん‥‥行くぞ」


そう言ってそのまま歩きだす彼に、皆は呆気に取られた。





「おい!!知盛!」

「後は頼んだ‥‥お前の、帰還祝いの宴だ」

「お前の祝言だろうが!」


叫んだ将臣殿も、抱えられて後ろ向きになっている私と目が合うと、

「ま、仕方ねぇか」

と笑った。










そのまま私達は宴の席を後にした。





 


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