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『‥‥‥‥それでも、俺は‥お前を守る為に‥』
彼がくれた、たったひとつの想い。
そういえば皆、朝から落ち着きがなかった。
話し掛ければ普通に答えてくれるが、目は合わせてくれない。
私は首を傾げながらも、いつもの如く朝の海へ散策に出た。
「遙香様っ!遙香様‥‥!」
「ここにいるわ。どうしたの?」
京にいた頃から仕えてくれている少女が、私を見つけて走ってきた。
常ならないその慌て振りに私は眉を顰める。
「どうか、今すぐお戻り下さい!お支度がございます」
「支度?なんの?」
「‥‥‥‥‥‥」
言葉に詰まる彼女を待っていられない。
急げ、と言っていたのだから、きっと急ぎの用だろう。
「わかったわ、行きましょう」
私は彼女の手を引いて中へと戻った。
通されたのは自室でなく、鮮やかな色彩の溢れた部屋だった。
絢爛豪華な打掛けや着物類などが所狭しと並んでいる。
側には昔馴染みの四人の女房が控えていた。
「これは‥‥」
嫌な汗が背を伝う。
「こちらにお着替え下さいませ」
「何故?」
「今から遙香様の御祝言を」
「‥‥‥‥え?どういう事なの?」
身体から、力が抜け落ちそうになった。
(経正殿とは一緒になれないって言ったのに!)
私の意思など無視すると言うのか。
もう、悲しいと思うより、無性に腹が立った。
「こんなの着ないわ」
「遙香様‥‥」
「祝言なんてしないって言ってるの」
「遙香様」
「出来る訳、ないの」
祝言なんてあげられない。
差し出された着物を突っ撥ねた私の前に、一人の女房が跪いた。
「遙香様、どうかお着替え下さい。経正様から固く申し仕っております」
「‥‥‥‥‥‥」
「どうか、お願いでございます」
‥‥‥このまま拒否すれば、彼女達が叱られてしまう。
「‥‥‥‥わかりました。着替えて、本人に文句を言いに行きます」
「ありがとうございます!」
何枚も単衣を重ね、一番上に薄紅色の袿を着た。
こんな時に袖を通すのでなければ、どれほど嬉しかっただろう。
知盛殿が髪に挿してくれた、秋桜と同じ色の袿‥‥‥
相手が、貴方だったなら。
それから、髪に椿油を馴染ませ、唇に紅を挿した。
「まぁ。お綺麗ですわ」
「‥‥‥ありがとう」
私は小さく笑った。
(着物が重くて暴れられないかも)
そんな事ばかり考えながら、目的の部屋へと歩を進めていた。
「遙香様が御到着なさいました」
巻き上げた御簾を潜り、足を一歩踏み入れた。
「‥‥嘘‥‥‥」
眼に飛び込んだのは、鮮やかな、
銀の‥‥‥
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