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滑る様に船は海を泳いで行く。
濃厚な潮の匂いが鼻先をくすぐる。
砂浜が見えなくなっても、まだそこから動けなかった。
「遙香殿」
「経、正殿‥‥‥‥‥ごめんなさい、私‥‥」
「いいのですよ」
私が何に対して謝ろうとしたのか気付いたのだろう。
静かに首を振った。
「知盛殿から預かっておりました。船が出たらお渡ししてくれと」
そう言って、経正殿が私の掌に乗せたものは、小さな香袋だった。
「知盛殿は私に言いました。俺が尼御前や帝や遙香殿を守る道は戦う事だと」
「‥‥っ!‥‥‥‥‥」
「あの方は不器用な方でしたからね。遙香殿に何も言わないままでいると思ってました」
「‥‥え?」
「本当は、貴女も気付いていたでしょう?」
彼の想いに。
「‥‥‥‥はい‥‥」
あんなに泣いたのに、また涙が次から次から溢れてきた。
ずっと、知っていたのに。
何も言えなかったのは、私も同じ。
ずっと貴方が好きだった。
身体を支えるものがなくて、その場にへたりこんだ。
『‥‥‥‥それでも、俺は‥‥‥』
あの日、聞き取りにくかった言葉が、もう一度形づくられていく。
『‥‥‥‥それでも、俺は‥お前を守る為に‥』
涙が止まらない私に気を遣ってくれて、経正殿はそっと離れていった。
あの日咲いていたのと同じような、秋桜の刺繍が刺された香袋を抱き締めた。
漂う知盛殿の匂いに、彼自身に抱き締められているような気がした。
待っている
ずっと待っているわ
今度こそ、想いを告げる為に
‥‥知盛殿
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