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「着いたよ、遙香」

「ここって‥‥‥」

「ああ、熊野本宮大社だね」


熊野本宮の鳥居を潜った所で背から降りて、手を繋いで中へ入る。

一体、本宮に何の用があるのか。遙香にはさっぱりわからない。



説明を求めようとヒノエを見るが、彼は前を見たままこちらを振り返りもしない。
暫く無言であるいていた。







本殿の手前で突然足を止める。
ヒノエは遙香に向き合った。

「なあ遙香。

お前は‥‥後悔してない?」

熊野に来たこと。

「‥‥‥え?後悔なんてないよ?」


口を開いたと思えば、どうしてそんなに切ない事を聞いてくるのか。

「そっか‥‥」

吐き出すように小さく呟いた後、遙香の両手を取った。


「俺は、ただお前と付き合っていたいから、熊野に連れて来た訳じゃない」

「うん」

「初めて会った時からずっとお前が欲しかった」

「‥‥‥うん」

「だから‥‥」


ヒノエは一度言葉を区切り、じっと見てきた。
遙香も目を合わせたまま離せない。

(彼を意識し出したのも、この目で見つめられた時からだった)

熱くて、逸らせない目。






「オレの花嫁になりなよ」





「‥‥‥え?」


いま、なんて言った?
あまりにも驚いて、遙香は固まってしまった。


「あれ?熊野に来る前に言わなかったっけ?」

「聞いてない聞いてない。だって、私がヒノエに『好き』って言った一週間後には出発だったもん」

「そっか!じゃあ改めて言うよ」






「愛してるよ。ずっと一緒にいよう―――オレの、花嫁として」




「はい!」



想いが溢れ出して、言葉だけではうまく伝え切れなくて、首に腕を回してぎゅっと抱き付いた。
今、泣きそうなのが伝わるだろうか。
胸が高鳴る。

ほら、こんなに嬉しい。




ずっと一緒に‥‥




「ずっと一緒にいようね、ヒノエ」


「ああ」




ヒノエの手が、息も出来ない程抱き締めてくる。溶け合いそうな、激しい抱擁。
言葉にならない彼の想いも伝わってくる。

互いの鼓動が重なる。



「もうお前しか愛せない」

「‥‥私も」

「お前が不安になった時は何度でも言ってやるよ。だから、一人で悩むなよ?」

「‥‥‥バレてた?」


バツが悪そうに遙香が聞くと、遙香の肩に顔を埋めたままヒノエが笑った。




「あはは。お前ってすぐに顔に出るからね」




そう言って、触れるようなくちづけを何度も繰り返す。

無人の境内で、二人は互いを抱き締めあっていた。





暫く絶ってヒノエが身体を離した。温もりを名残惜しんでいる遙香に手を差し延べる。悪戯っぽい笑顔を浮かべて。



「行こう、オレの花嫁」

「どこへ?」

「熊野権現に婚約の報告と、花嫁を紹介しなくちゃね」

「それで早起きしたの?」

「そういうこと」






二人が祝言を挙げたのは、それから一ヶ月後。











初めて出会ったあの日

男が動転して去って行った後、ヒノエは遙香にぶん殴られた。


遙香にとって初めての口接けを、初対面の男に奪われたのだから当然だろう。



なんとか謝り、家まで送り届けた。







その日から、口説いて口説いて口説きまくって、一年近く。


やっと応えてくれた。




『ヒノエが好き』




その言葉を聞いた時に感じた言葉に出来ない愛おしさを、くすぐったく思った。



彼女の気が変わらないうちに、半ば強引に熊野に連れてきた。











初めて会った時から、いとも簡単にオレを捕らえた姫君。

欲しくて欲しくてやっと手に入れた存在。





オレの全てでお前を愛すよ。




遙香。




 


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