(3/3)
「着いたよ、遙香」
「ここって‥‥‥」
「ああ、熊野本宮大社だね」
熊野本宮の鳥居を潜った所で背から降りて、手を繋いで中へ入る。
一体、本宮に何の用があるのか。遙香にはさっぱりわからない。
説明を求めようとヒノエを見るが、彼は前を見たままこちらを振り返りもしない。
暫く無言であるいていた。
本殿の手前で突然足を止める。
ヒノエは遙香に向き合った。
「なあ遙香。
お前は‥‥後悔してない?」
熊野に来たこと。
「‥‥‥え?後悔なんてないよ?」
口を開いたと思えば、どうしてそんなに切ない事を聞いてくるのか。
「そっか‥‥」
吐き出すように小さく呟いた後、遙香の両手を取った。
「俺は、ただお前と付き合っていたいから、熊野に連れて来た訳じゃない」
「うん」
「初めて会った時からずっとお前が欲しかった」
「‥‥‥うん」
「だから‥‥」
ヒノエは一度言葉を区切り、じっと見てきた。
遙香も目を合わせたまま離せない。
(彼を意識し出したのも、この目で見つめられた時からだった)
熱くて、逸らせない目。
「オレの花嫁になりなよ」
「‥‥‥え?」
いま、なんて言った?
あまりにも驚いて、遙香は固まってしまった。
「あれ?熊野に来る前に言わなかったっけ?」
「聞いてない聞いてない。だって、私がヒノエに『好き』って言った一週間後には出発だったもん」
「そっか!じゃあ改めて言うよ」
「愛してるよ。ずっと一緒にいよう―――オレの、花嫁として」
「はい!」
想いが溢れ出して、言葉だけではうまく伝え切れなくて、首に腕を回してぎゅっと抱き付いた。
今、泣きそうなのが伝わるだろうか。
胸が高鳴る。
ほら、こんなに嬉しい。
ずっと一緒に‥‥
「ずっと一緒にいようね、ヒノエ」
「ああ」
ヒノエの手が、息も出来ない程抱き締めてくる。溶け合いそうな、激しい抱擁。
言葉にならない彼の想いも伝わってくる。
互いの鼓動が重なる。
「もうお前しか愛せない」
「‥‥私も」
「お前が不安になった時は何度でも言ってやるよ。だから、一人で悩むなよ?」
「‥‥‥バレてた?」
バツが悪そうに遙香が聞くと、遙香の肩に顔を埋めたままヒノエが笑った。
「あはは。お前ってすぐに顔に出るからね」
そう言って、触れるようなくちづけを何度も繰り返す。
無人の境内で、二人は互いを抱き締めあっていた。
暫く絶ってヒノエが身体を離した。温もりを名残惜しんでいる遙香に手を差し延べる。悪戯っぽい笑顔を浮かべて。
「行こう、オレの花嫁」
「どこへ?」
「熊野権現に婚約の報告と、花嫁を紹介しなくちゃね」
「それで早起きしたの?」
「そういうこと」
二人が祝言を挙げたのは、それから一ヶ月後。
初めて出会ったあの日
男が動転して去って行った後、ヒノエは遙香にぶん殴られた。
遙香にとって初めての口接けを、初対面の男に奪われたのだから当然だろう。
なんとか謝り、家まで送り届けた。
その日から、口説いて口説いて口説きまくって、一年近く。
やっと応えてくれた。
『ヒノエが好き』
その言葉を聞いた時に感じた言葉に出来ない愛おしさを、くすぐったく思った。
彼女の気が変わらないうちに、半ば強引に熊野に連れてきた。
初めて会った時から、いとも簡単にオレを捕らえた姫君。
欲しくて欲しくてやっと手に入れた存在。
オレの全てでお前を愛すよ。
遙香。
< BACK