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(あれから、今日で一年だね、姫君)



まだ朝日が登り始めたばかり。
目が覚めたヒノエは、隣に眠る遙香の顔を見つめていた。


遙香がヒノエに連れられて熊野にやって来て、まだ一月にも満たない。


熊野に来てからヒノエは朝が早くなった。

それはこの一時のため。



あどけない寝顔。

それとは対照的に布団から出た素肌の、肩に掛かる黒髪が艶めかしい。

昨日は結局、眠るのが遅くなってしまった。
彼女をなかなか離さなかった自分のせいで。

いつもならもう少し眠らせてあげるんだけど。




今日は早く起きて貰わなければ。




「遙香‥‥‥遙香、起きろよ」

遙香の肩を軽く揺らす。


「‥‥‥うぅ‥‥んぅ‥‥」

軽く声を上げて、また眠る。


(朝から誘っているのかい?)

いつもならここで遙香に手を伸ばしてしまうのだけど、今日はそうはいかない。
少し苦笑して、ヒノエは遙香の耳元に唇を寄せた。


「――早く起きないと、また激しくするぜ?姫君」

ガバッ!!

「えええっ!!ちょっそれはぁっ!」


あまりにも勢いよく起き上がったので、遙香は軽く眩暈を覚える。
布団に逆戻りしそうな身体をヒノエが笑いながら、背後から抱き止めた。
そのまま背中に頬をすり寄せる。

「遙香の肌って柔らかくて気持ちいいね」

「え?‥‥‥‥きゃぁぁ!」

自分が裸だという事に気が付き、絶叫した。
ヒノエはまた爆笑して、遙香の肘鉄を食らった。









「ひ‥‥‥ひの、え、‥‥‥‥まだ?‥‥」

「もう少し」


ほとんど眠れないまま早朝に起こされ、熊野本宮へ向かうべく山道を登っている。

「なんで熊野本宮なの?」
と聞いても

「俺の姫君の質問でも、秘密」

と教えてくれない。
実はかなり前から疲労が限界だったりする。



「ほら、姫君」



声がしたと思ったら、ヒノエが背中を向けて屈んでいた。

「え‥‥?いいよ、頑張るから」

「いいから。俺の姫君を背中に感じたいしね」

「‥‥‥‥っ‥もうっ」

遙香の頬はかぁっとなる。
大人しく背負われながら、ヒノエの見た目よりずっと逞しい背中を感じた。
遙香を背負っている事を感じさせない軽い足取りで、彼は山道をぐんぐん歩く。





(ヒノエ、私のどこがいいんだろう)






ヒノエに愛されている事は、自分だってわかっている。

初めて会ったあの日からずっと、何度も愛の言葉を囁かれてきた。
最初はからかわれているんだと思っていたけど。

本当は誠実で仲間想いの優しい人だと知る内に、想いが止まらなくなって熊野についてきた。



だけど






(好きになるほど不安になるのが不思議)


ヒノエは妖しい程綺麗で格好いい。
真っ赤な髪は彼の情熱そのもの。少し伏せられた目に掛かる睫毛が、光を乗せて揺らめくように綺麗で。

通り過ぎる女の子がみんな振り返るのを、今まで見て来た。

そんなヒノエは、無条件で女性に優しい。そりゃもう徹底している。

そして、公にしないが熊野の棟梁という地位。

こんな完璧な彼を、女性が放っておくはずがない。

引く手数多な彼が、どうして自分を選んだのか‥‥やっぱり謎で。






自分に自信がないとか、釣り合わないとか、卑屈なことは言いたくない。

ヒノエを想う気持ちは誰にも負けない。







それでも、いつか、誰かに取られそうで‥‥‥

時々、ひどく揺れてしまう。

















暖かなヒノエの肩に顔を埋めて、目を閉じれば感じる、強い鼓動。


(ずっと、側にいたいのに‥‥)


その一言が言えないのは何故だろう?
言おうとすれはする程切なくなる。












大好きで

愛しくて

泣きたくなる

誰より大切な人













遙香を背中に感じながら、ヒノエは揺れる彼女を感じていた。









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