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平家の朝は早い。
中には朝起きるなんて有り得ない、退廃的な人もいるにはいるが。
私は皆が揃って(寝てる数人は除いて)頂く朝餉の時間が好きなので、毎朝頑張って起きる。
元いた世界では、自分の事を自分でするのは当たり前だから、当然着替えも自分でする。
平家にやって来て三年になるんだもの。着付けもだいぶ慣れたな、と思う。
「じゃあ、行きますか」
自室を出ようとするこの時の私は、すっかり忘れていた。
廊下に一歩踏み出た私を待っていたものは――――
(――っ!?)
殺気を感じて横に飛び退いた。
一瞬前に私がいた場所には、先端が輪になっている縄が‥‥‥
な、投げ縄かい!?
縄の先を視線で辿ると、庭に笑顔の経正殿がいた。
「これはこれは‥‥‥遙香殿、おはようございます‥‥‥ちっ」
『ちっ』?
今『ちっ』と言ったか経正殿!?
「お、おはようございます経正殿」
引きつった笑いを浮かべる私をじっと見て、経正殿が一歩踏み出した。
自然と私は一歩下がる。
じりじり、
じりじり。
少しづつ下がってとうとう壁に背をぶつけた私は、冷や汗を浮かべた。
だって、今日の経正殿は何だか怖い。
「遙香殿‥‥‥どうか大人しく私に捕まって頂けませんか‥‥‥」
「あっ‥‥」
ああ、そうだった。
経正殿の一言で思い出した。
今日は私、全力で逃亡しなきゃいけないんだった。
「つ、経正殿‥‥‥貴方がまさか、私を娶りたいなどと、考えてはいないでしょう?」
「ええ、勿論です。私ではなくて可愛い敦盛のため「兄上ぇぇぇ!!」」
ズゴン!!
経正殿の頭に、何かが物凄い勢いで飛んで来たと思ったら、足元に転がったのは笛だった。
庭には息を荒くしたあっつんが立っている。
「遙香、ここにいてはいけない。早く逃げるんだ」
「あっつん?で、でも‥‥」
「‥‥私の事は気にしなくともいい‥‥遙香は早く逃げねば」
そう言ってあっつんは小さく笑った。
その顔が可愛くて癒されそうになる私に、今度は強く「早く!」と睨んでくる。
そして彼は、地面に倒れている経正殿の首根っこを掴み、片手で抱えあげて何処かへ走り去った。
ち、力持ち‥‥さすが怨霊!カッコいい!!
うっとりとあっつんに見惚れていた私の背後から、新たな声が掛けられた。
「遙香?」
この声は‥‥将臣?
振り向いた先には将臣が、いつにも増してボサボサ頭で突っ立っていた。
「お前も朝から大変だな」
「ほんと、誰か助けて欲しいよ」
私が溜め息をついた瞬間、将臣の目が光った気がした。
「‥‥‥‥俺に捕まればいいんじゃねぇの?」
「はぁ?そしたら結婚‥‥‥」
「大丈夫だ」
さすが将臣!
結婚の話なんてナシにしてくれるんだねっ!!
「俺が幸せにしてやるぜ!!」
「あああアホかぁぁ!!」
私は大声で叫び、こちらに伸ばして来た将臣の腕をひっ掴んで、合気道の要領で投げ飛ばした。
「‥‥‥っつ!何するんだ遙香!!」
「うるさい!!馬鹿臣!」
駄目だ。
コイツはほんとに駄目だ。
「私は結婚なんてする気はないのにぃぃぃぃ!!」
そうよ、この歳になってもまだ自由でいたっていいじゃない!
イケメンとイケメンとイケメンを侍らしたっていいじゃない!!
だってここ平家はイケメンパラダイスじゃんか!!
皆でワイワイしてたいのに!!
ああ、この気持ちを汲んでくれる人はいないかな。
‥‥‥‥そうだ、あの人なら私の気持ちを考えてくれるかもっ!
私は彼の人を探すべく、全速力で走り回った。
「邪魔!!」
「ふぎゃっ!!」
通りすがりの惟盛をついでに蹴り飛ばして。
「こ、小娘おのれぇ!行きなさい鉄鼠!!」
「ぎゃぁぁぁ何か変なのが来るぅぅぅぅ!!」
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