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「・・・・・・いやぁっ!!」



途端に視界が切り変わる。

肩で息を切らしながら見回せば、そこは寝室だった。


(良かった、夢だった・・・)





「ん・・・・・・風花、大丈夫なの?」


朔が眠そうに、でも心配そうに声を掛けてくれる。


「・・・ごめんなさい。起こしちゃった」

「大丈夫なの?ここ何日かずっとうなされているわ、風花」

「大丈夫よ、所詮夢だから・・・・・・朔、起こしてごめんなさい」

「私はいいのよ。気にしないで」


朔がふっと笑う気配がした。





夜着は長距離を走った後みたいに、汗でびしょ濡れになっていた。


着物を取り出して着替え、脱いだものを畳む。


既に、朔は寝息を立てていた。




真ん中の布団には望美が、素晴らしく雄々しい姿で寝ている。


「こんな姿を見せたら、譲が卒倒するわ」


忍び笑いしながら、足を持ち上げ布団に戻して、お腹まで肌蹴た夜着の裾を正した。




そのまま部屋を出て、廊下に座る。








目にきつく強く焼き付いた夢の残像。


私を責めるかのように、ここ数日繰り返される悪夢。













夢の中に、

泣きながら走り出そうとする私がいた。


『放して!!お願い行かせてっ!!』


声が枯れるほど叫んでいる私。









忘れてしまった私を責めている。


助けられなかった、と

伝えられなかった、と


繰り返し嘆く『私』の声。







無くした記憶を







知りたい、



でも



怖い・・・・・・




 




「風花さんも行きませんか?」


朝食を食べて寛いでいたら、弁慶さんが声を掛けてきた。


行くって‥‥‥さっき皆で話してた?


「熊野川ですか?」

「ええ、そうです。気分転換にもなるでしょうし」

「気分転換とは何だ、弁慶。俺達は 「九郎は黙っていなさい」


背筋が凍るような笑顔で九郎さんを黙らせて、再び私を見、答えを促す弁慶さん。



もの凄く怖いのだけど・・・・・・



「確かにここ最近の風花ちゃん、ずっと宿にいたからね〜。たまには外に出ないと!」


「兄上の言う事も一理あるわね。危ないけど・・・どうする、風花?」



景時さんの後を引き継いで朔が聞いて来る。









確かに彼らが出かける度に、八葉の誰かが私の為に留守番になる。

申し訳ない、と思っていた。


一度だけそれを口にしたら

「迷惑なんかじゃねぇよ」

と将臣が笑い飛ばして、


「風花さんがいなくなると春日先輩が悲しみますから」

と、相変わらず望美中心な事を譲が言って


「放っといてまた風花がいなくなると嫌だから!」

と望美に怒られた。







付いて行くのはいい機会かも知れない。





「はい、行きたいです。でも怨霊が出ても私、身を守れないから‥‥‥」

「オレが守ってやるよ、姫君」

「‥‥‥ありがとう」


こっちを見て小さく笑うヒノエくんに、私の胸はすぐに高鳴った。









「・・・・・・ヒノエくん」

「なんだい、望美?」

「風花を守る権利をあげるから、守って。お願い」





箸を起いて、ヒノエくんを見つめる望美の表情は真剣そのものだった。





いっそ睨み付けている、と言った方がいい位。




それにしても、守る権利って何なのよ。






「言われなくても姫君はオレが守るから、さっさと片付けろよ?」

「・・・・誰に言ってるの?私に?」



・・・・・・不敵な二人の会話に付いて行けない・・・


ヒノエくんはともかく、望美がこんなに好戦的だとは思ってもみなかった。












ふと顔を上げると、将臣が私をじっと見ていた。


「将臣?」

「何でもねぇ」


目が合うと、すぐに逸らす。





何か言いたそうな彼の視線は、数日前―――那智の滝に行ってから、頻繁に感じるようになった。





 



 



問題の熊野川に向かいながら、予備知識と称して色々聞いた。



怨霊の姿は様々で、私達の世界で言う映画やドラマに出てきそうなものから、全く違うものまであるらしい。



望美、朔、白龍と八葉は円陣を組み、望美を中心に武器を使って攻撃するのだという。



「後は実際見てのお楽しみってね」


隣を歩くヒノエくんがニヤッと笑って言った。
反対の隣には望美が歩き、その後ろを譲と将臣が付いてくる。


先頭には九郎さんとリズ先生がさくさく歩き、後はのんびり付いて行く、と言った感じだ。





「望美も戦うの?」


だって、武器なんて使えないはず・・・・・・


「見てのお楽しみよ、‘姫君’」

「望美、お前ね・・・・・・」


腰に下げた刀を軽く叩きながら微笑う望美の口調は、女版ヒノエくんになっていた。


「望美怖い・・・」

「え〜?似てると思ったのに!」


口を尖らせる望美を見てると、やっぱり武器なんて物騒なものは似合わないと思う。











緩やかな山道を登り始めて半刻が過ぎた。


最近宿に籠りきり、運動もろくにしてなかったから、息が上がってきている私。

先に行って貰おうか、と思った時。




「風花」




差し出された彼の手。



嬉しくて

懐かしくて


「ありがとう」








『この手を、もう離したくない』









「あ!ヒノエくんばっかりズルイ!」



もう片方の手を望美が繋ぐ。






ほらね、
やっぱりあれはただの夢。






だって、ヒノエくんも望美も


こんなに笑顔なんだから。




私は二人を、失ってなんかいないじゃない。



 

 


「あの、もし・・・」


熊野川に着いた時、若い女の人が話しかけてきた。






九郎さんと将臣が話を聞いている。




望美が険しい顔で話し込む三人を離れて見ている。




「風花、こっちにおいで」


何故かヒノエくんは私の腕を掴み、後ろへ引きずった。









「ヒノエくん?」


「気のせいならいいけどね。
・・・・・・嫌な予感がする」



「嫌な予感?」



首を傾げた時、将臣と九郎さんの元に望美が向かって行くのが見えた。



「ああ、あの女は―――」





「将臣くん!その女の人は怨霊だよ!!」



望美の緊迫した声に驚く他の人達の前で、その人は咆哮に似た怒声を上げ、ゆっくりと姿を変えていった。









「・・・・・・・・・あれが、怨霊・・・・・・」


「怖いかい、風花?」




首を振った。

全く怖くない。




「平気」


「へぇ、残念。怖がる姫君を独り占めしたかったのに」


笑いを含んだ声はくすぐったく、心を撫でて行く。


「ねぇ、以前の『私』は、怨霊を怖がっていたの?」

聞けば、

「・・・・・・いや、戦う事はしなかったけどお前は冷静だった」


「そう」



舞う様に、踊る様に戦う望美の太刀捌きを眼で追いながら、今の言葉を考えていた。




『戦う事をしなかった』


出来なかった、ではなく

しなかった、と言う言葉に引っ掛かる。








目は望美達から離れない。



華麗に舞う望美の太刀を


一直線に迷いない九郎さんの太刀を


身体から想像も付かないスピードで繰り出されるリズ先生の剣を




・・・・・・見ていると、胸が高鳴る。






そして、

大振りの両手剣を、軽々と扱う将臣に泣きたくなった。









夢の中で、将臣は今と同じように戦っていた。




『脇腹が弱点なんだって』


『ああ?余計なこと吹き込みやがって。んなもん気合いでカバーすればいいんだろ』


『もう、将臣ってば』


クスクス笑うのは私。









・・・・・・夢の残像が

眼裏から離れない。















『放して!!お願い行かせてっ!!』


『ごめん・・・・・・・・・・・風花・・・・・・』













頭が、痛い・・・・・・



視界が涙でゆらゆら揺れて、いる。






   
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