(1/1)

 



私は何を忘れているのか

私は何を思い出せないのか


知りたい。





けれど、怖かった。

記憶を戻したら、ここにいる『私』の記憶が

代わりに消えてしまう気がして。



















「那智の滝?」

「うん、行こうよ風花!」

熊野川の氾濫で、かなりの間足止めされている。

日を追う毎に苛ついている皆。


九郎さんなんて、熊野の別当に話があるとかで、一番焦っていた。

別当ってヒノエくんの事なんだけど、他には誰も知らないみたい。
‥‥弁慶さん以外は。



そして今日は、ヒノエくんと弁慶さんが用事で出かけたので、調査は中止。

皆の身体を休めようと、景時さんが九郎さんを説得してくれた。




このまま宿にいれば、九郎さんの八つ当たりを受けそうだ。

気を利かせて誘ってくれた望美に感謝して、勢いよく頷いた。


「うん、行く!!」

「よ〜し!!現代四人組出陣!!」

「相っ変わらずネーミングセンスねぇのな、望美!!」

「そんな事ありませんよ、春日先輩」

「そんな事あるってば!譲ってば甘いんだから」

「もうっ!風花まで!」


頬を膨らませる望美に私は笑った。


 


「それにしても大きな滝だね!」

「さすがは那智大社の御神体ですね」

「そんなにありがたがるようなもんか?」

「・・・・・・将臣はもうちょっとありがたがれば?」


ボソッと呟いたら、うるせぇ、と頭を軽く叩かれた。





那智の滝は涼しくて避暑地に最適だと思う。
水飛沫が清浄な空気に溶け込んで、ひんやりとしている。


「昔、俺達の家族と望美の家とで旅行に行ったよな」

「懐かしいね」

「そうなの?幼馴染みっていいね」


私が羨むように言ってしまったから、望美達は一瞬黙り込んでしまった。


「あ、違う違う!変な意味じゃなくて!
将臣と譲に妬いたの。望美とは中学からずっと一緒だったのに、私の知らない望美がいるなんて‥‥嫁に取られた気分」

「も〜〜っ!風花っ!!大好きっ!」


笑いながら言った私に、感激した望美は思いっ切り抱き付いてきた。


「はいはい。私も大好きよ、望美」


私より高い望美の背中に手を添えながら、譲をチラッと見て、羨ましいでしょ?と言わんばかりに鼻で笑ってやった。

眼鏡の奥の目が一瞬ムッとしたのをしっかり見て、吹き出しそうになる。



――でも、私より先に、譲を見て笑った人物がいた。


「あはははは!風花サイコーだぜ!」

「そう?私ってイケてる?」

「ああ!イケてるぜ風花!!」

「え〜?何の話?」

「お前は知らなくていいんだよ」

「そうそう、望美は知らなくていいのよ。ね、譲?」

譲が顔を真っ赤にして拗ねていた。
からかい過ぎたかな?って思った時にはもう遅くて、


「風花さん!兄さんも!
‥‥二人は放っておいて行きましょう、春日先輩!」

「あ、待ってよ譲くん!」

すっかり怒って、譲は一人で岩場を降りていった。

望美が慌ててその後を追いかけていく。





「‥‥相変わらずだな」

「そうね」


将臣と私は、下って行く二人の背中を見送った。





「なぁ、風花」

「うん?」

「お前、ここに来てからの事、本当に覚えてないのか?」




隣で将臣は

鋭い目をしていた。




この表情にも、記憶の何かが引っ掛かる。

 


「風花、お前が望美に会うまでの事も‥‥‥忘れたのか?」

「‥‥うん。将臣は知ってるの?」






望美や弁慶さんに聞いても、誰も知らなかった私の「半年間」。


『半年間、お世話になっていた人が病気で亡くなった、としか風花は言わなかったの。話したがらなかったから』

と望美は首を傾げていた。





「もしも、知っていたら教えて、将臣」


こんな風に二人きりでないと話し出せないような過去なんて怖いけど、知りたい。


「‥‥‥‥‥いや、俺も知らない。悪いな」

「‥‥そう」

「もしも、お前が‥‥‥‥‥」


言い掛けて黙り込んだ将臣が、ある一点を見て目を鋭くさせた。


「将臣?」

「何でもねぇよ。行くぜ」


視界から何かを隠すような強引さで、私の腕を引く将臣。



でも、見てしまった。
と言うより見えてしまった。

私達は滝の上にいたから、見下ろせる位置に。






望美達が下っていったのと、反対の、小径。


ヒノエくんが女の人と抱き合っていた。








「‥そう」

「おい‥‥」

「行こう、将臣」

「風花っ!」




将臣の腕を引き、さっさと背を向けた私は知らなかった。


ヒノエくんがハッキリと、私達を見上げていた事を。

将臣と視線を交わしていた事も、その理由も。








涙なんて流れやしなかった。


ただ胸が、苦しい。









 


夜になると雨が降って来た。




あれから何事もなく、楽しく過ごした私達が宿に戻ったのは夕方で、
遅れること半刻、ヒノエくんが戻ったのを、玄関に集まった譲達の声から知った。


いつも出迎えていた私だけど、
望美と朔と寝泊まりしている部屋から出られなかった。


美味しそうな匂いが鼻をくすぐる。
暫くすると、部屋の外から譲が呼び掛けてきた。




「風花さん、ご飯出来ましたよ」

「‥‥‥ごめん譲、何だか疲れたみたい。少し寝かせて」

「大丈夫ですか?後で弁慶さんに、見て貰った方がいいですよ」

「うん、寝れば大丈夫だから。譲、ありがとう」

「‥‥ゆっくり休んで下さいね」


ごめんね、譲のご飯は大好きなんだけど‥‥


今は彼の顔なんて見れない。








何でだろう。

さっきから、涙が出そうになっている。


すっかり暗くなった雨天を、灯も付けずに

窓から眺めていた。










苛々して仕方ない。
望美達が部屋に戻っても、笑えないな。


少し外に出れば気が紛れるかな。


そう思って襖を引いた。



「‥‥‥‥ヒノエくん、なに?」

「へぇ。それで避けてるつもりなんだ」



部屋の前に、ヒノエくんが腕を組んで立っていた。



「違うわ。ただ疲れただけ 「嘘だね」



何なの?


ムッとして睨み付けると、冷たい笑顔が私を見下ろしていた。



「見たくせに、風花は」

「知らないわ。何の事?」



沸き上がる醜い感情。


お願い、もうこれ以上言わないで。



「オレが他の女といたの、そんなに気になる?」

「‥‥‥‥‥っ!!」



思わず振り上げた手を、ヒノエくんが掴んできた。

そして、そのまま腕を引いてくる。




「風花」

「嫌っ!!」



思い切りヒノエくんを突き飛ばして、宿を飛び出した。









気付いてしまった。

記憶なんて関係なく、


私、とっくに



彼に恋していた。









・・・・・・雨は激しく降っている。
まるで私のように。











   
戻る

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -