(1/1)






あれから数日がたった。

他の八葉の人達、白龍や朔を紹介して貰い、驚く彼らにヒノエくんや譲が事情を説明してくれた。



望美達、とりわけ望美と朔が色々と手助けしてくれるから、この世界にも随分慣れた。

何より、記憶はないけど体が覚えているみたいで。

火のおこし方から着物の着付け、日常に至るまで特に苦労はしなかった。






「暑いから外に出てくるね」

「俺が付いて行きましょうか?」

「前で涼むだけだから、大丈夫」

「くれぐれも迷子にならないで下さいよ、風花さん!」

「は〜い」


心配そうな譲に笑いかけて、宿の外に出た。





「ヒノエくん」

宿を出たすぐの所に、腰を掛けるような大きめの石があって、ヒノエくんが浅く座っていた。

片膝を手で軽く抱えて腰掛けながら、こちらを見る姿にやっぱりドキドキしてしまう。


「姫君。夜の散歩かい?」

「うん。暑かったから‥‥」

「そっか」



何でヒノエくんを見るだけでうるさくなるんだろう、私の心臓ってば。


ヒノエくんは、腰掛けてた石を蹴って、軽く跳び、私の前に着地した。


「海を見に行かないかい、風花?」

「今から?」

「夜の海も綺麗だぜ?」

「‥‥行ってみようかな」

夜の海を見てみたい。

私の時代の鎌倉の海しか知らないのも、勿体ないし。
そんな事を思って頷いた。

「ちょっと待ってな。出かけるって言ってくる」

ヒノエくんは宿の中へと消えていった。







 


夜の海なんて真っ暗なだけだと思ったのに、

月と星の明かりが仄かに海の輪郭を照らしている。



星空がこんなに綺麗だから
海がこんなに豊かだから




涙が出てきそうになる。




「ほんとに、綺麗ね」


「‥‥‥‥風花」


「なに、ヒノエくん」



海から顔を上げると、こちらをじっと見ている緋色の眼と、視線がぶつかった。




「もう一度、オレの名前を名乗っとくよ。誰にも内緒だぜ?」


「‥‥内緒?私だけが聞いていいの?」


「お前には、一度名乗ってるからね。何か思い出すかもしれないだろ?」



口調は軽いのに、繋いだ手をぎゅっと握る彼は、緊張しているみたいだった。



こくんと頷くと、彼はニヤッと笑って言った。


「オレは熊野の別当、藤原湛増」

「ふじわらの、たんぞう‥‥‥」

















『藤原湛増?凄い名前ね!』

弾けるように笑う声。

『お前ね‥‥笑いすぎ!』

呆れているようで、何処か楽しげな声。











「‥‥あ‥」









『熊野の別当を‥‥』

聞き覚えのあり過ぎる、固い声。














「‥‥‥何か思い出したか、風花?」




声がね、聞こえたの。


私の声が。
あなたの声が。




。 


けれど一瞬の出来事に、それが真実だったのか自信が持てなくて。


「ごめんなさい、わからない」

と首を振った。


「気にしなくていいよ、風花」


そう言って、肩越しに流し目で振り返るヒノエくんは、凶器。
私の胸が早鐘を鳴らす。





それから、二人で海を眺めていた。





ごめんね、とか、ありがとう、とか

言葉が喉まで上がるのに

この空気を崩したくなかったから、

黙って海と星と月を、眺めていた。






あの声は、目の前のヒノエくんのものだろうか。

そして、私のものなのか。


そうだとしたら、一体彼と私の間に何があったのだろう。



私はそれを、どうしても知りたい。
















   
戻る

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -