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朝起きると、すぐに隣を確かめる。



眠るお前の体温を。







お前のいない冷たさを知ってしまった今では、
日課のようになっている。







オレらしくもない、

それ位分かっているさ。








忽然と消えた風花。

帰って来たけれど、
記憶を失った‥‥‥風花。








全てを思い出し、帰ってきたけど。



今度は風花自身が、この腕の中から消えてしまうかもしれない。





月がお前を連れて行くかもしれないだろ?





お前には分からないかもね。

この、喩えようのない焦躁と


‥‥‥‥‥‥狂おしい程の愛しさを。






「‥‥風花?」


隣にあった筈の体温はなく、冷たい褥だけがあった。













「おはようヒノエくん!」

「望美、風花を見てないかい?」

「風花?見てないよ。部屋にいないの?」

「風花さんならさっき海へ行くと言ってましたよ」

「‥‥‥海?」

「ええ。ヒノエが起きるまで待つように言ったのですが。すぐに戻るから、と言っていました」


笑顔を崩さない叔父に、わかった、とだけ答えた。

そのまま踵を返そうとするヒノエに、再び掛けられた言葉は。



「ああ、そういえば少し眼が赤くなっていたかな」




舌打ちしたくなるのを堪えて、今度こそ身を翻す。
















予想に違わず、風花はお気に入りの岩場にいた。


潮風を受けながら、波打ち際に佇む風花。

眼が醒めるような碧色の風景に、溶け込む風花の黒髪。



‥‥‥息を飲んだ。





切り取られたような美しい光景に、声が掛けられない。

暫くの間立ち止まり、僅かな風にそよぐ髪に、風花の姿に見惚れていた。







彼女がその眼に映しているものは、オレの手には届かない。

時折、思い詰めた眼差しで遠くを見詰める。
その横顔を見るオレの視線には気付かずに。






愛されている自覚はある。


特に記憶が戻った風花は、焦がれる程にオレを求めてくる。

それでも、まだお前が消えそうな気がするなんて思うのは、余裕がないからだろうか。


‥‥‥オレの心を、ここまで捉えてしまった姫君はお前だけだよ。
これ以上、逃がす気などさらさらない。

残りの距離を一気に詰めた。








「こんな所にいたのかい?オレの姫君は、海に恋でもしたのかな」



気配を殺して近付く。

背後から抱き締めると、風花の肩が揺れた。






「ヒノエ。迎えに来てくれたの?」



ゆっくりと、振り返る風花の眼に涙の跡などなく、オレの姿を認めるとその美しい顔に、優しい笑みを刻んだ。



その笑顔ひとつでオレを陥落させられるのは



お前だけだとわかっているかい?




‥‥‥風花。



 
 


ああ、やっぱり私。

いつだってヒノエには、背後を取られるのね。




彼の腕が唯一、私の戻る場所だと



背中を預けても安心だと、身体がわかっている。










安心しきって胸に凭れかかってくる私の髪に唇を落として
ヒノエは顔を覗き込んできた。




「風花、一人で出掛けるのは禁止だって、オレは言わなかったかい?」


「それは‥‥ん‥」



唇に降りて来る熱。

ヒノエの舌が、私の口唇をなぞる。


「んっ‥くすぐったい」


笑いながら肩に回る彼の腕を払おうとすると、腰を掴まれ正面に向き直された。


「風花、ちゃんと聞きな」


見つめる彼の顔が、眼がすっと光を宿している。
険しく、怒りを孕んだ表情。



「オレに、またお前を失えって言うのかい?」


「ヒノエ‥‥‥」


「二度とごめんだね」



そして、ヒノエの眼から拭い切れない、不安の色。




ああ、そうか。

‥‥‥‥‥やっと分かった。

私が不安だったように、


彼もまた不安だったのだと。








再び『私』を失うのを、

こんなにも恐れている。






それだけ私は愛されているのだと。




甘い言葉だけでなく、

優しい態度だけでなく、


その存在すべてで私は求められている。






泣きそうな程の幸福感に、私は酔い痴れた。





「ヒノエ」


「なんだい?」



誘うような甘い笑みを浮かべるヒノエの首に、ぎゅっとしがみつく。



「ごめんね。ヒノエが気持ち良さそうに寝てたから起こしたくなかっただけなの」




囁いて、触れるだけのキスを贈る。





「へぇ‥‥‥外では嫌がるくせに、珍しいじゃん」


「ヒノエが格好いいから我慢出来なくて」


「‥‥‥嬉しい事を言ってくれるね」



もう一度、唇を寄せる。
羽のようにそっと触れるだけのキス。



離れようとしたら、後頭部をしっかり押さえ付けられて、逃げられない。




貪るように塞がる唇

深く絡みあう舌





何があってももう離れたりしない、と

想いがキスから伝わりますように。






ねぇ、ヒノエ。

私はあなたを幸せにする為に来たの。



今度こそ、共に生きる為に。





「‥‥‥別の宿をとろうか、風花」


「‥‥朝から?」


「風花から誘って来たんだぜ?」



駄目かい?なんて流し目付きで言われたら、もう逆らえない。



「好きよ。最初からヒノエしか見えないていないの。だから‥‥ずっと側にいてね」




途端に綻ぶ彼の顔には、
滅多に見られない柔らかくて切ない笑み。


「当たり前だね。嫌だと言われても、離さないよ」


息もつけない程強く抱き締められて、もう一度唇をあわせる。





私達は、同じ。


お互いの存在をこんなに求めている。






言葉で、

腕で、

唇で、



そして


溶け合う体温で、伝えたい。



私の全てがあなたのものだと‥‥‥







 
 

   
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