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「どこから説明したらいいのかな?」
「取り敢えず、何で将臣が老けたか、の説明からお願い」
「あのなぁ‥‥」
望美の言葉に私が答えると、将臣が拗ねていた。
だって、いきなり成長してるんだもの。びっくりするじゃない。
「どこ見てんだよ。俺は将臣だろ?」
‥‥ってさっきも言われたけど、やっぱり、ね。
あれからヒノエくんは何処かへ出かけ、宿の一室に私達四人で座った。
だだっ広い部屋には電灯などなく、燭と呼ばれる細長い棒状の油皿に火を点ける。
揺らめく明かりがやんわりと辺りを照らした。
火ってヒノエくんみたいだな。
‥‥でも、彼ならもっと強くて綺麗で輝くような、炎のイメージかな。
とても優しくて、どこか脆くて‥‥
「まぁ‥‥あれだ、あれあれ。な、譲?」
「兄さん‥‥説明出来ないんなら黙ってろよ。俺と春日先輩でするからさ」
「うっ‥‥すまねぇな」
将臣の声で、私はハッとなった。
私ってば何考えてるの。
ヒノエくんの事なんて何も知らないのに。
「風花?どうしたんだ?」
「‥‥‥譲にやり込められる辺りが、本物の将臣だなって思ったの」
私が微笑んで言うと、「あぁそうかよ」って、プイッと横を向いた。
本当に、あなたは将臣だわ。
何だか嬉しくて知らず笑ってしまった。
途端に、将臣の顔が赤くなる。
その将臣の隣で譲が、教師のような小難しい顔で話し始めた。
。
「‥‥‥信じられないかもしれないけど、風花さんと俺達は八百年前にやって来たんです」
「‥‥‥‥‥‥‥はっぴゃくねんまえ?」
「もう半年以上もこの世界にいるんだよ、私達」
「俺は、お前達よりも三年前にここへ来たんだぜ」
「それを言うなら、風花もズレたよね」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ごめん、わからない‥‥」
『どうか、日本語で話して下さい』
彼らには、私がそんな感じに見えたのだろう。
望美が小さく笑って、私の手を握ってくれた。
「心配しないで、私達がいるから」
「えっ‥‥」
『心配するなよ、姫君。俺がついてるだろ?』
「風花?」
「えっ?ううん、何でもない‥‥」
どうして彼の声が心に聞こえたか、分からないけれど
私は暖かい気持ちになった。
何となく、部屋の隅にある燭の炎を見る。
ぽうっとした優しい明かりは、まるで彼自身が『大丈夫だよ』って言ってるみたいで、私は安心した。
。
「‥‥‥‥つまり、学校の渡り廊下で私達が話している時に、白龍とかいう子供の姿の
龍神が来て、水がいっぱいやってきて‥‥‥」
「私達は流されたんだよ。風花もね」
「つまり、その時に時空を超えたんですよ、俺達」
「時空‥‥」
「もっとも俺はお前達とはぐれて、三年前の世界に来たけどな」
「風花は私と譲くんの、半年前に来たんだって言ってたよ」
そして辿り着いたここは、八百年前の世界なんだけど、
私達の世界とは時空が違うらしい。
京都ではなく、『京』というのだと。
そして、怨霊という物がいて、人々の平安を崩していると。
望美は、その怨霊を唯一浄化出来る『龍神の神子』という有り難い存在で。
譲と将臣は、望美を守る、八葉とかいう八人の中の二人で。
‥‥‥私はどうやら、三人にくっついてこちらに来た、らしい。
「‥‥‥そして、私は記憶を無くしたのね?」
「うん。一昨日、急に宿から姿を消したんだよ!随分探したけどどこにもいなかったの・・・」
「俺達が、熊野川の怨霊を調査しに行った時に、いなくなったんです」
「そして、帰って来たら私は記憶がなかった・・・・・・」
。
「うーん‥‥‥」
唸りながら頭を整理していると、将臣が私の頭を撫でた。
「風花の頭には難しかったか?」
「あ、酷い!将臣より優秀な私の頭脳を捕まえて、よくも言ってくれたわね!」
「そうだよ将臣くん!風花は頭のいい子だよ!将臣くんよりずっとね!」
「そうそう、兄さん。風花さんは優秀な頭脳で、いつも弁慶さんと渡り合ってたじゃないか」
譲の言葉に、私は引っ掛かりを覚えた。
「ねぇ、譲。べんけーさんってなに?さっきもヒノエくんが言ってたけど‥‥」
身を乗り出して、譲の腕を両手で掴むと、譲は何故だか慌てている。
周りを見回して、「そうだった‥‥」って
ホッとしているのを、私は不思議に思った。
「風花、手を離してやれよ」
「‥‥‥あ、うん‥?」
将臣が言うから、手を離した。
変なの。
「で、何を聞きたいんだ?」
「うん、だからべんけーさん?って人間?」
「人間ですよ、風花さん」
背後から聞こえる穏やかな声にびっくりして、私は振り向いた。
全然気配がなかったのに‥‥
「お前な、それ止めろよ。風花がびびってんじゃねぇか」
「すみません、性分なものですから」
そう言って笑う彼は、女性のように、優しげな美貌を持った人だった。
人を安心させる様な微笑の裏で、様々な事を巡っていそうな、理知を宿した眼。
「ヒノエから軽く聞いて驚きました。今の貴女には初めまして、ですね。
‥‥‥僕が弁慶です」
こんな暑い日に真っ黒な外套を着るなんて、ある意味暴力だと思った。
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