(1/1)





「‥‥‥あの、ここはどこですか?」


あれからずっと黙り込んだまま、考え事をしている目の前の彼に、恐る恐る質問した。
沈黙の間が居心地悪くて、何だかいたたまれなくて。


「‥‥‥熊野だよ」

「くまの?」


ぼそりと、知らない地名を告げられて、益々どうしたらいいかわからなくなった。


「くまのって‥‥‥‥‥‥あ、そうだわ。ごめんなさい!あなたの名前‥」

「‥‥‥っ‥‥風花、本気で覚えてないのかい?」

「覚えてないのって聞かれても‥‥‥何の話なの?
私、あなたとお会いした事があるんですか?」

「‥‥‥‥そう、だね‥‥」

「‥‥‥あの‥‥?」



俯いた顔を再び上げた彼は、唇の端を上げて微笑んだ。

その顔が凄く色っぽくて、私は頬が赤くなる。


「ヒノエって呼びなよ」

「ヒノエ‥‥‥くん?」

「‥‥くん、は‥‥‥いや、何でもない」

「?」


どうしたのかしら、この人。
不思議に思う私から目を逸らして、ヒノエくんは背後を向き、歩き出した。


「取り敢えずオレに付いてきな。説明してやるよ、風花」


肩越しに振り返り、人差し指で私を招く。


「でも‥‥」

初対面の人に付いていくのは怖い。
そんな思いが顔に出たのか、彼は深く息を吐いた。


「望美と将臣と譲。この名前に心当たりは?」

「っ!!‥‥‥望美達を知っているの!?」

「‥‥‥‥‥‥‥そうか、望美達の事は‥‥」



思わず叫ぶと、ヒノエくんは小さく微笑んだ。



哀しそうに笑う人。

そんな印象を持った。





。 





「風花、ほら」

「え?」

「手出せよ‥‥‥もう暗くなって来たからね」


本当、真っ暗になっている。
でも、どうして明かりがないのかしら。
電灯がないなんて、ここはどんなに田舎なの。



まるで、ここは夢の‥‥


「‥‥‥‘ここは、夢の世界みたい。
人工の明かりがなくっても、月の明かりと人の明かりが眩しい’」


「どうして‥‥」


どうしてヒノエくんに、私の思った事がわかったの?


「お前は、夜が好きだった。
月や人が暖かいからって、いつも言ってたね」


「‥‥‥‥‥‥それって‥‥」


まるで私の事を知っているみたいで、何だか落ち着かない。
立ち止まった私の手を掴み、ぐいっと引っ張ってヒノエくんはまた歩き始めた。
必然的に私も歩き出す。


「ちょっと、意地悪したくなったかな。悪い」

「‥‥‥」



何も言えなくて、少し前を歩くヒノエくんの横顔を見ていた。

彼は本当に私の事を知っているみたい。


もしかして、
私が、忘れているの?





。 







「風花!!今までどこにいたの!?探したんだよ!!」

「‥‥‥望美?なんの話?」



取り敢えず行こう、とヒノエくんに誘われて、着いた宿に望美がいた。
変な格好をして。


「おい、ボケてないでさっさと入れ、風花。後でちゃんと説明しろよ!」

「そうですよ、風花さん。‥‥皆、随分心配したんですから」

「‥‥‥‥譲?‥‥‥変な格好してどうしたの?」

「風花さん?何言って‥‥‥」


譲の話は長いからいつもの様にスルーして、その隣の人を見た。
望美と譲の真ん中で、偉そうに立っている背の高い男を。
どこかで見覚えあるような、気はするんだけど‥‥‥。


「望美、こちらの方は‥‥?」

「えっ?」

「はぁっ!?」

「風花さん!?」


三人が一様に驚いたのを見て、益々不安が募った。
未だ手を繋いでいるヒノエくんを見ると、彼は小さく笑いかけてくれる。

大丈夫だよ、と言う様に。



。 







「あのさ。風花、ここに来てからの記憶が抜けたみたいなんだ」

「‥‥‥‥‥マジで?」


真ん中の、どこか将臣に似た男が、信じられねぇ、と呟いていた。
声まで将臣に似てるのね、と、こんな時なのに私は感心している。


「‥‥‥風花、ホントに忘れちゃったの?」

「渡り廊下で話してて、気がついたらここにいたの」

「‥‥‥‥ヒノエくんの事も?」

「ヒノエくん?」


何でここで、望美の口からヒノエくんの名前がでてくるんだろう。


「だって、ヒノエくんは風花の」

「望美」


ヒノエくんは、望美の言葉を強く遮った。
そのままゆっくりと首を振る。


「ヒノエくん、でも!」

「望美、いいから‥‥‥‥頼むよ」

「‥‥ヒノエ‥‥本当にいいんだな?」

「あぁ‥‥‥悪いな、譲」


私には全く理解出来ない会話をして、ヒノエくんは私を見た。


「風花。オレはちょっと用事があるから抜けるけど、望美達が話してくれるから」

「‥‥う、うん‥‥あの、ありがとう」


私がここまで連れて来てくれたお礼を言うと、彼は頭を撫でた。

そのまま綺麗な顔が近付いてくる。
またキスされる、と身構えた私の耳元で、一言。


「さっきはごめん」


そして、ニヤっと笑うと背を向けた。


「あぁそうだ。弁慶には気をつけろよ、風花!」


肩越しに、そんな言葉を残して、彼は宿を出て行った。

その後ろ姿に手を伸ばしたくなったのは、どうしてだろう。












   
戻る

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -