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「‥‥‥あの、ここはどこですか?」
あれからずっと黙り込んだまま、考え事をしている目の前の彼に、恐る恐る質問した。
沈黙の間が居心地悪くて、何だかいたたまれなくて。
「‥‥‥熊野だよ」
「くまの?」
ぼそりと、知らない地名を告げられて、益々どうしたらいいかわからなくなった。
「くまのって‥‥‥‥‥‥あ、そうだわ。ごめんなさい!あなたの名前‥」
「‥‥‥っ‥‥風花、本気で覚えてないのかい?」
「覚えてないのって聞かれても‥‥‥何の話なの?
私、あなたとお会いした事があるんですか?」
「‥‥‥‥そう、だね‥‥」
「‥‥‥あの‥‥?」
俯いた顔を再び上げた彼は、唇の端を上げて微笑んだ。
その顔が凄く色っぽくて、私は頬が赤くなる。
「ヒノエって呼びなよ」
「ヒノエ‥‥‥くん?」
「‥‥くん、は‥‥‥いや、何でもない」
「?」
どうしたのかしら、この人。
不思議に思う私から目を逸らして、ヒノエくんは背後を向き、歩き出した。
「取り敢えずオレに付いてきな。説明してやるよ、風花」
肩越しに振り返り、人差し指で私を招く。
「でも‥‥」
初対面の人に付いていくのは怖い。
そんな思いが顔に出たのか、彼は深く息を吐いた。
「望美と将臣と譲。この名前に心当たりは?」
「っ!!‥‥‥望美達を知っているの!?」
「‥‥‥‥‥‥‥そうか、望美達の事は‥‥」
思わず叫ぶと、ヒノエくんは小さく微笑んだ。
哀しそうに笑う人。
そんな印象を持った。
。
「風花、ほら」
「え?」
「手出せよ‥‥‥もう暗くなって来たからね」
本当、真っ暗になっている。
でも、どうして明かりがないのかしら。
電灯がないなんて、ここはどんなに田舎なの。
まるで、ここは夢の‥‥
「‥‥‥‘ここは、夢の世界みたい。
人工の明かりがなくっても、月の明かりと人の明かりが眩しい’」
「どうして‥‥」
どうしてヒノエくんに、私の思った事がわかったの?
「お前は、夜が好きだった。
月や人が暖かいからって、いつも言ってたね」
「‥‥‥‥‥‥それって‥‥」
まるで私の事を知っているみたいで、何だか落ち着かない。
立ち止まった私の手を掴み、ぐいっと引っ張ってヒノエくんはまた歩き始めた。
必然的に私も歩き出す。
「ちょっと、意地悪したくなったかな。悪い」
「‥‥‥」
何も言えなくて、少し前を歩くヒノエくんの横顔を見ていた。
彼は本当に私の事を知っているみたい。
もしかして、
私が、忘れているの?
。
「風花!!今までどこにいたの!?探したんだよ!!」
「‥‥‥望美?なんの話?」
取り敢えず行こう、とヒノエくんに誘われて、着いた宿に望美がいた。
変な格好をして。
「おい、ボケてないでさっさと入れ、風花。後でちゃんと説明しろよ!」
「そうですよ、風花さん。‥‥皆、随分心配したんですから」
「‥‥‥‥譲?‥‥‥変な格好してどうしたの?」
「風花さん?何言って‥‥‥」
譲の話は長いからいつもの様にスルーして、その隣の人を見た。
望美と譲の真ん中で、偉そうに立っている背の高い男を。
どこかで見覚えあるような、気はするんだけど‥‥‥。
「望美、こちらの方は‥‥?」
「えっ?」
「はぁっ!?」
「風花さん!?」
三人が一様に驚いたのを見て、益々不安が募った。
未だ手を繋いでいるヒノエくんを見ると、彼は小さく笑いかけてくれる。
大丈夫だよ、と言う様に。
。
「あのさ。風花、ここに来てからの記憶が抜けたみたいなんだ」
「‥‥‥‥‥マジで?」
真ん中の、どこか将臣に似た男が、信じられねぇ、と呟いていた。
声まで将臣に似てるのね、と、こんな時なのに私は感心している。
「‥‥‥風花、ホントに忘れちゃったの?」
「渡り廊下で話してて、気がついたらここにいたの」
「‥‥‥‥ヒノエくんの事も?」
「ヒノエくん?」
何でここで、望美の口からヒノエくんの名前がでてくるんだろう。
「だって、ヒノエくんは風花の」
「望美」
ヒノエくんは、望美の言葉を強く遮った。
そのままゆっくりと首を振る。
「ヒノエくん、でも!」
「望美、いいから‥‥‥‥頼むよ」
「‥‥ヒノエ‥‥本当にいいんだな?」
「あぁ‥‥‥悪いな、譲」
私には全く理解出来ない会話をして、ヒノエくんは私を見た。
「風花。オレはちょっと用事があるから抜けるけど、望美達が話してくれるから」
「‥‥う、うん‥‥あの、ありがとう」
私がここまで連れて来てくれたお礼を言うと、彼は頭を撫でた。
そのまま綺麗な顔が近付いてくる。
またキスされる、と身構えた私の耳元で、一言。
「さっきはごめん」
そして、ニヤっと笑うと背を向けた。
「あぁそうだ。弁慶には気をつけろよ、風花!」
肩越しに、そんな言葉を残して、彼は宿を出て行った。
その後ろ姿に手を伸ばしたくなったのは、どうしてだろう。
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