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熊野本宮には、熊野水軍の力を請うべく別当に会いに行くと望美が言っていた。

別当ってヒノエくんの事よね。


彼が本宮に行けば、正体を知っている人だらけなのだから、まずい気がするけど‥‥?





そんな心配をしながら、視線は、前を歩く望美と敦盛さんを追っていた。

熊野本宮に入る前、望美は敦盛さんの手を取った。




優しく笑い掛ける望美と、
戸惑っている敦盛さんは対照的で、ある意味目立っている。






本宮の建物が見え始めた頃、私の手は不意に引っ張られた。

見なくても誰だか分かる。



「さて、オレはちょっと用事があるんで別行動するよ。行こう、風花」



戸惑う数人の視線と、
静かな視線、

睨み付けるような望美の視線を感じながら、

私達は踵を返した。






なるほどね。

別行動にする気だったの。


















二人でこっそり境内を散歩して宿に戻ったのは、望美達より後のこと。



「‥‥‥速玉大社?そこに別当がいるって?」


「うん。そう言われたの」



別当が不在だったのは分かる。

だって彼はここにいるんだもの。




けれど、望美達が聞いたのは

『別当なら速玉大社にいる』

とのこと。




ヒノエくんは怪訝な顔をするものの、成り行きを見守る事にした様だ。












私達は、速玉大社に向かう事になった。





速玉大社にいる別当に会う為に、望美は着飾る事に決まっているらしい。

明日の早朝から着付けをする事になり、着付け役の私と朔は顔を見合わせてにっこりと笑った。


「明日が楽しみね」

「そうね、どんな衣装を着せようかしら」

「え〜‥‥面倒くさい‥‥」


膨れっ面の望美は無視して、朔と二人で明日の段取りを練った。



「明日の準備があるから、風花は借りるわね。ヒノエ殿?」


朔の脅迫めいた視線に、ヒノエくんは苦笑しながら快諾した。

その晩は、しっかりと望美と朔に拉致されて、三人で寝る事になった。



  


「ねぇ風花。この髪飾りはどうかしら?」


「素敵ね!だったら帯にはこの花飾りを挿して‥‥‥こんな感じでどうかしら、朔?」


「凄く綺麗よ」



「も、もういいでしょっ!?朔も風花も!」




「「駄目よ」」


はぁ〜、とがっくりと肩を落とす望美を無視して、私達は盛り上がった。



「綺麗よ望美!!いつもこうしていればいいのに。ねぇ朔?」


「風花の言う通りよ。可愛いわよ、望美」


「あはは‥‥‥ありがとう‥‥」


顔を赤らめる望美は、とても剣を振り回す様には見えない。


素材の良さも勿論の事、
朔の化粧の腕も素晴らしい。

凄い特技だと感心した。


「朔ってばお化粧上手いのね。今度教えてくれないかしら?」


「‥‥‥あら、今度と言わずに今やりましょうか?」


「あ!それいいね!」





望美の顔が輝いた。

‥‥‥‥私にも同じ苦労を背負わせるつもりなのね、望美。





「お断りよ。私は別当に会いに行く訳じゃないもの」




顔を背ける私の肩を、背後から抱き締める腕。



‥‥‥嫌な予感がした。









「オレは見たいけどね。風花の姫君姿」








予感的中‥‥
嫌と言える筈もなかった。







そして、望美と朔の手により飾り立てられた私。




「やっぱり風花は美人ね‥‥」



「凄く綺麗‥‥」


そんな熱い眼で見つめないでよ、望美。


「ありがとう」











「望美。見せたい人がいるのなら、行ってらっしゃい」


「う〜ん‥‥‥特にいないけど‥‥出かけなきゃならない運命だから行ってくるね!」


「??行ってらっしゃい」


‥‥不思議な子。




速玉大社へ行くまでに時間があると言う事で、望美は外へ飛び出して行った。





「風花は?‥‥‥ヒノエ殿を呼んで来ましょうか?」


「あ、私が探してくるからいいわ」


「ふふっ、ヒノエ殿もこんな風花を見れば堪らないわね」







そういえば昨日は一緒に過ごしてなかったな‥‥‥











『今晩は覚悟しておきなよ、姫君』








思い出すと顔が真っ赤になった。




あの言葉、いつか本当になるのよね。

少し恥ずかしいかも。



  



ヒノエくんは宿の前で敦盛さんと話をしていた。



「ヒノエくん、敦盛さん」


「やあ、支度は終わっ‥‥‥」



二人して、私を見た瞬間に口をぽかんと開けて、固まった。



「‥‥‥へ、変かしら?」


「いや‥‥‥あまりにも綺麗だから言葉が出なくてね。天女が舞い降りたのかと思ったよ。‥‥‥サイコーに綺麗だね、オレの姫君」


「‥‥‥ああ。私も、風花殿は綺麗だと思った」


「ありがとう!」



二人が褒めてくれて、純粋に嬉しかった。


「風花、ほら」



ヒノエくんが差し出した手を取る。



「綺麗なお前を見せびらかしたいからさ、オレに付き合ってくれない?」



そんな悪戯っぽく眼を輝かせるのを見たら、断れる訳ないよね。





真っ赤になった顔
きっと彼にはお見通し。




「じゃあ。そういうわけだから、敦盛―――」


「ああ、ヒノエ。風花殿も気をつけて」





敦盛さんが優しく眼を細めて私に笑い掛けてくれた。






その時だった。



ヒノエくんがふと、宿の奥の林に眼を向けた。

その厳しい目付きに私は驚く。



「‥‥‥悪い、風花。少し待っていてくれないかい?」


「私は構わないわ」


頷くとヒノエくんは音を立てずに走り出した。

林の奥へ消えていく。











「‥‥‥風花殿」


「あ、はい」



今まで殆ど会話した事のない敦盛さんが話しかけて来たので、正直驚いた。



彼は、さっきと同じく優しい眼をして微笑んでいた。



「‥‥‥風花殿は今‥‥幸せだろうか」


「え?」


「‥‥‥すまない。その、あなたが幸せならば‥‥‥」




何故、そんな事を聞くのか。


聞き返しても良かった。







だけど、問い掛ける敦盛さんは真剣で

本気で心配してくれる事が分かった。




「幸せです。忘れた事は怖いけど」


「そうか」



良かった、と小さく呟いた敦盛さん。






「なにオレの姫君を口説いてるわけ?敦盛」


いつの間に帰って来たのか。

ヒノエくんが気配もなく私の背後に立つ。








『背後を取られた』




この感じ、どこか懐かしい。



  


ヒノエくんの眼は鋭いまま。
敦盛さんが、首を傾げる。


「ヒノエ、もういいのか?」


「‥‥‥いや、望美が誘拐されたらしい」


「ええっ!?」


「‥‥‥烏が?」


「ああ。舟に乗せられたのを見たらしい。

‥‥‥風花、悪いけど‥」


「分かってる。気にしないで、望美を助けてきて」


「もちろん。行ってくるよ、姫君」



小さく笑って、私の頬を突ついて

港に向かって走って行った。







「では、私は九郎殿達に知らせてこよう」



敦盛さんは、宿の中に入って行く。












一人残った私は、手を握り締めた。


心臓がドキドキする。



「どうしよう、望美‥‥‥!!」



あの夢のように、
望美が泣いてるかもしれない。




その時、何故走り出したのか。

宿で待つべきだと、分かりきっていたのに。



ただ胸を締め付ける、心配と恐怖と涙がつき動かしたのか


咄嗟に私は走り出した。







呼ばれるように、

引き寄せられるように。
















どこをどう走ったのか分からない。
気が付けば、海から余計に離れていた。



「望美っ‥‥‥」



違う、こんな所にいる訳ない。


相当焦ったのか全く検討違いの場所に、私はいた。






こんな所で私一人が探しても、きっと見つからないだろう。


ならば一旦引き揚げて、宿に戻ろうかな。




望美の事はヒノエくん達が助けてくれるだろうと信じなければ。


それに、いなくなった私を心配しているかもしれない。







宿の方角なら大体分かる。

踵を返して、走って来た道を戻り始めた





‥‥‥そのとき。












「風花」






静かに私を呼ぶ声がした。



 



   
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