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朝が来た。



「ん‥‥‥‥?」



体が、金縛りにあったように動かない。






「‥‥‥あ‥」





眼を開けると、飛び込む赤。




間近で見ると、
本当に綺麗な顔立ち。

でも、眠っている彼はいつもより幼く見える。







癖のある赤い髪が頬や額にはらはら散っている様が、
まるで花びらのように綺麗で‥‥‥





彼の瞼に掛かる髪を
かきあげようと手を伸ばした。







途中で掴まれ、グッと引っ張られて気が付けば彼の腕の中。



「‥‥‥?‥‥‥‥え?」

引き寄せた本人は私を見て笑ってる。





「おはよう。薄情な姫君」

「おはよう、起きてたの‥‥‥?」

「お前が目覚める少し前からね。
ご機嫌はいかがかな?さっさと夢の国に出かけた、オレの姫君?」



「あ‥‥‥」



思い出した。





あれから二人で別の宿に泊まった。


ご飯が喉を通らない位に緊張してる私をヒノエくんは笑い、
先に湯殿に行くようにと言われ




熊野のお風呂って気持ちいいよね、って思いながら部屋に戻って。














ヒノエくんが戻って来る前に寝ちゃった。









「あ、あはははは‥‥
‥‥‥‥‥‥ごめんなさい」




申し訳なくなって謝ると、ぎゅっと抱き締められた。

その体勢のまま視界が変わり、私は仰向けになった。






いわゆる押し倒された状態。






「ヒノエくん?」



呼び掛ければ、言葉の代わりに降りて来る唇。




触れるだけのキスから段々激しくなって
深くなって



うっとりしてきた時、


首筋を這う指を感じた。

気持ちいいよりくすぐったくて、私は身を捩る。







けれども背後に回った彼の腕に力が籠り、逃げる事を許されない。




キスを交わしながら、彼の指先はいつしか襟を滑り、
合わせの部分から少し押し広げていた。


晒した首に滑る指はやはりくすぐったい。


  



混乱する私に、唇を離した彼はフッと笑った。


「ヒ、ヒノエく‥‥‥んん!」




唇は今度は首筋に。




噛む様な、吸い上げる様な刺激を感じた。



きっと紅い華が咲いてるのかな。

もう、凄く恥ずかしいんだけど‥‥‥






「‥‥‥今朝の所はこれで許してやるよ」

「‥‥‥‥‥‥ん‥‥?‥‥」






「但し、今晩は覚悟しておきな。可愛い姫君」




ニヤッと笑う彼は妖しいほど綺麗でカッコよくて、




胸の鼓動が痛いくらいに跳ね上がる。









ゆっくりと目を閉じれば、またキスの合図。











頭が痺れる程

胸が焼けてしまう程




あなたを私に刻み込んで






ねぇ








ヒノ‥‥‥‥

「おはよう風花っ!!!」


バーン!!!

と言う音と共に、この場にそぐわない大声。






「春日先輩、そんな起こし方は‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥あ」




唇が離れて、声のする方を見れば

固まっている譲と、

そして何故かヒノエくんを睨み付ける望美。





確かにこの押し倒された体勢じゃ、驚いても仕方ないか、とぼんやり思った。



「おはよう、姫君。随分と性急だね」


「風花達がこの宿にいるってヒノエくんからの伝言が来たから、
朝から張り切って迎えに来てあげれば‥‥‥」



「あの、ヒノエくん?そろそろ退いて‥‥‥」


「オレとしては、このまま見せつけてもいいけどね。
‥‥‥恥ずかしがり屋な姫君の為に、この辺で辞めとくか」


望美達の方には目もくれず、ひたすら私の頭を撫でている。


「そ、そうよ、恥ずかしいから退いて‥‥っ‥」



肩を押し退けようとする私の腕を掴む。


見せつけるように軽くキスをして、ヒノエくんは体を起こし望美を見た。




「‥‥‥望美、熊野本宮に直接行けばいいんだよな?」

「‥‥‥そうだよ。じゃあ、先に宿に戻っているから」



聞こえて来たのは、望美の不機嫌を隠せない声。



「行こう、譲くん」

「へっ?あっ、はいっ」


棘のある望美の声と

慌てふためく譲の声。



戸が閉まる音と、立ち去る二つの足音。



 



望美、


もしかして‥‥‥‥










「随分浮かない顔をしているけどどうしたんだい?」

「‥‥‥望美が、不機嫌だったから‥‥‥ヒノエくんの事‥‥‥」



好きなのかと思ったの。





「はははっ!風花は可愛い事を言うね」



笑いながら夜着を脱ぎだす彼に、褥で正座したまま慌てて背を向けた。


「ヒノエくん?」

「それ、望美に聞いてみな。面白いから」

「‥‥‥からかわれてる?私」




首を傾げていると、いつの間に着替えたのか
ヒノエくんが正面に座った。




「‥‥‥たとえ誰がどう思おうと、
オレが好きなのは風花、お前だけだから」



私の頬に添えた手は熱くて

私を見つめる眼は怖いくらい真剣で





「私も、ヒノエくんが好き‥‥‥」




言葉と同時に降りて来る、
激しくて甘い唇。





「残念だね。
時間があればこのまま押し倒すのに」


「もう!着替えるから離れて!」


「ふふっ、つれないね。
‥‥‥じゃあ部屋の前で待ってるぜ」




もう、心臓が持たないかもしれないじゃない。

ヒノエくんの馬鹿。













でも、胸の中では

想いが溢れそうで、




苦しくて、幸せで泣きたくなった。










この気持ちは『以前』の私のものかしら。



失ってなどいないのに、
失いたくないと


叫びたくなる気持ち。




 



 



「じゃ、そろそろ行くわ」

「ああ。気をつけてな、将臣」

「‥‥将臣殿、道中気をつけて」

「サンキュー!九郎、敦盛も」

「そっか‥‥‥将臣くん、熊野本宮までだったもんね」

「そうなの望美?知らなかった」

「はぁ?‥‥‥ああ、そっか。今の風花には言ってなかったっけな」



その言葉で、記憶を失う前の私は聞いていたのだと、納得する。


こんな微妙な違和感も、もう気にならなくなった。




「心配すんな風花。またそのうち会えるさ」


「そんなに心配してないから大丈夫よ、将臣」




にっこりと笑うと、
「お前なぁ‥‥」と肩を竦めて頭を掻いていた。




ここ数日の将臣の態度、

何かを話したそうな視線。







気になるけど、ここで何も言わないと言う事は、

きっと何か理由があるのだろう。








敢えて、私も心に目隠しをする。





「無駄な言葉だとは思うけど、一応は道中気をつけてね」


「ほんっとに減らず口を叩くんだな、風花は」


言いながら乱暴に私の頭を撫でた。


「じゃぁな!‥‥‥ヒノエ」

「あぁ。言われなくても分かってる」




歩いて行き将臣は、振り向かないまま手だけを振った。

いつの間にか、三年の月日を背負った彼の背中は大きく見える。






見送りながら、隣にいた望美の手をそっと握った。




「風花?」

「朝はごめんね‥‥‥‥‥‥‥望美に嫌な思いをさせたかな」


私が記憶をなくしても、いつも明るく接してくれた望美に嫌われるのは、やはり辛い。



「う〜ん‥‥‥ちょっとね。
だってヒノエくん‥‥‥
私の風花に手を出したもん!」



「「はぁあ!?」」



素頓狂な声を上げる私と譲を余所に、ヒノエくんは爆笑していた。



「ほらやっぱりね、望美が好きなのはオレじゃないだろ?」

「当たり前でしょヒノエくん!!私が好きなのは風花なんだから!!」

「それって背後に百合の花が舞ったりする好き?」

「近いものはあるかなっ!」



私に抱き付いてくる望美の横で、

譲の眼鏡が光って、射る様に私を見ている気がする。

ごめんね、譲。


でも望美の言葉が嬉しかった。



 




   
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