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「来いよ、風花・・・・・・俺に夢を見せろよ」
「妖しい誘い方は止めて、知盛殿」
目の前の女は細身の太刀を正眼に構える。
正面の女に刀技を叩き込んだのは、自分。
その癖や動きなど見切っている。
「行くわ・・・!」
ガン!!
「どうした・・・・右が隙だらけだと、いつも言ってるだろう・・・・・・?」
「・・・っはいっ!」
言葉と同時に手加減無く叩き込む、知盛の一撃。
風花は辛うじて刃で受け止めるも、女の力では勝てる訳も無く。
身体が後退すると揺れる、裾。
ほら、頭が無防備だぜ・・・?
頭部目掛け知盛が振り下ろした刀を、間一髪の所で避ける風花。
だが避け切れず、一筋の黒髪を宙に舞わせた。
そこに、邸内から将臣が走って来た。
「――知盛!!お前、何風花相手に本気出してんだ!!」
「チッ・・・今日はここまでだな・・・・・・」
仕方ない、と呟くと風花は本当に悔しそうな表情を浮かばせる。
「一撃も、繰り出せなかった・・・」
黒曜石を思わせる眼が、
燻る闘志で以て輝くこの一時。
喩え様も無く俺を酔わせる。
「風花!お前、髪―――」
将臣の指先が、風花の短くなった一房を掬う。
「大丈夫よ将臣。こんなのすぐ伸びるもの」
その手を軽く払うと、事もなげに言って退けた。
「でも風花!」
「心配してくれてありがとう、将臣。だけど、時間がないの・・・・・・もっと強くならないと。
もっと・・・・・・」
煌めく眼で遠くを見つめる風花。
あぁ、ゾクゾクするぜ・・・?
執拗な迄に強さを求める目の前の女は、禁断の美酒と同じ。
一度口にすれば、二度と手放せぬ様な芳香を漂わせながら、
決して誰の手にも墜ちないしなやかな強さを持つ女。
「まぁ無理すんな風花。
知盛、お前ももう少し風花に手加減しろよ?」
頭を掻きながら邸内へ戻った将臣に意識を向けず、
ただ目の前の女を見る。
「次こそは、あなたを地に叩き込んでみせるわ」
「クッ‥‥‥お手柔らかに頼むぜ?・・・風花」
不敵な微笑みを浮かべる風花の顎を、指で掬う。
誘うように、濡れて色付いた紅い唇。
素早く口接けた。
「ちょっと!!な‥‥何するのっ!」
「‥‥ほう‥初めてなのか?」
顔を真っ赤に染めて慌てふためく風花に、知盛は笑った。
数ヶ月の時が過ぎ――
法住寺の渡殿にて寛ぐ知盛に、駆けて来る風花。
「知盛殿!」
「‥‥‥‥‥‥随分と、ご機嫌だな」
「ええ!探していた友達に会ったの。暫くあの子と行くわ。
―――清盛様と将臣に伝えてくれるかしら?」
「風花はこの俺に、使い走りをしろ、と・・・・・・?」
「もう!ただ伝言をお願いするだけじゃない」
「クッ・・・いいだろう・・・」
今の、刀を持たぬ風花は、年頃の娘の様に華やかに微笑む。
「では暫く会えないけど、お元気で。将臣や重衡殿をあまり困らせないでね」
踵を返す、毅然とした後ろ姿。
まだ初恋すら知らぬ風花。
足取りに迷いがない。
「おい・・・・・・」
「知盛殿?」
呼び止めれば戻って来る。
透ける様に白い、風花の華奢な首筋に、手を当て撫でた。
「・・・・・・・・・・次に会った時、腕が鈍っていれば・・・容赦なくここを、斬る」
「ふふっ、刀は置いて行くのに。変な知盛殿」
「クッ‥‥‥」
再び踵を返そうとする風花の手首を掴む。
「風花」
「・・・?まだ何か?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・いや、いい・・・・・・」
「そう?じゃぁ、行ってきます」
要の言葉は胸に封して
『何処にも行くな』
(・・・・・・・・・まさかこの俺が、ただ一言を躊躇するなんて・・・な)
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