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「桜が散ってきたのね」




舞い散る花びらを目で追いながら振り向く。

後ろを歩くヒノエが私の髪に手を伸ばした。




「ほら、こうすればいい。桜も散るだけでなく、お前に触れられて喜んでいるよ」



ヒノエが私の髪に挿したのは、桜の花。





「ふふっ。何それ?」

「風流だろ?‥‥‥でもどんな花も、風花の引き立て役にしかならないけどね」

「もう、ヒノエったら。そんな事ばっかり言って」

「オレは事実しか言わないのに、風花は冷たいな」



二人同時にクスクス笑う。



‥‥‥私達がこの場所で出会って、一年が経った。


六波羅はあの日よりずっとずっと、優しい風が吹いている。














久し振りに熊野を出た私達は、景時さんと朔に会う為、京邸へと歩いていた。


途中、懐かしい六波羅にふと足を止めて‥‥‥
出会った日の事を思い出した。



「オレの姫君は突然黙ってどうしたんだい?」

「あれから一年になるのねって、思ったの」


あなたとここで出会って、
お互い一目で恋に落ちた。

夢中で恋して、苦しんで、泣いて‥‥‥

その果てに手に入れた今の幸せ。
それは側にありながら、決して努力なしには手に入れられなかったもの。
今のヒノエとの暮らしが、愛しくて仕方ない。


きっとあなたも同じね、ヒノエ?



手のひらを皿のようにすぼめたら、花びらがひとつ舞い落ちた。



「ああ、そうだね‥‥‥あの日からオレは、お前という花に夢中になっているんだぜ」



‥‥‥視線は絡ませたままヒノエは私の左手を取り、恭しく甲に口接けた。

上目使いで微笑む彼に、胸の動悸が激しくなる。



「風花、顔が赤いけど?」

「‥‥‥ヒノエがいけないのよ」

「オレが?何かいけない事でもしたのかい?」

「‥‥‥っもう!恥ずかしいから言わせないで」


ヒノエはクスクス笑いながら、今度は唇にキスを落とした。


「最近仕事ばかりで、風花に触れられなかったからね。風花を求めているんだよ」







そう言って肩に手を置き、私の顔を覗き込む。

私は彼の右手を取り、さっきの花びらを乗せた。




「そういえば‥‥‥知っていた?私、ヒノエが初恋なのよ」



クスクス笑いながら
花びらを乗せた彼の手ごと、両手で包む。



「へぇ‥‥‥初耳」

「悔しいから内緒にしてたもの」



好き、も
愛している、も
キスも、身体を重ねる事も
全てヒノエが初めてな私。

恋愛経験がきっと豊富なヒノエの前に、なす術もないほど初心なはず。


‥‥‥やけに嬉しそうなヒノエに、ぎゅっと抱き締められた。


「‥‥‥そんな事言って、これ以上オレを夢中にさせてどうするんだよ」

「ヒノエ、人がいっぱいいるのに」

「見せつけてやればいいじゃん。さっきから風花を狙ってる奴もいる事だしね」


虫除け、とヒノエは頬擦りをした。



「‥‥‥恥ずかしいのに」

「だったら眼を閉じていなよ」


どうあっても離してくれないらしい。





 







ぽつ、ぽつ



「‥‥‥雨?」


「ああ。これは激しくなりそうかな‥‥‥‥‥‥おいで」




ふわっ、と私の頭にヒノエが上着を被せてくれた。

そして手を引くと走り出す。




「ありがとう」

「どう致しまして、姫君」



雨足は段々と激しくなり、私達の身体を濡らして行く。



春といえど雨は冷たい。


でも、


「寒くないかい?」

「大丈夫。ヒノエは?」

「オレは平気だよ。風花さえいれば、どんな時でも熱くなれるからさ」



こんな時でも甘いヒノエに、私も熱くなってくる。


繋いだ手から確かに感じる温もりは

雨が降っても決して冷める事なんかない。





やがて、一軒のこじんまりとした邸に飛び込んだ。


「ここは‥‥‥六波羅のアジト?」

「ご名答。景時の邸より近いからね。雨宿りにもってこいだろ?」



濡れた服を脱ぎながら、ヒノエが答えた。

しなやかな裸の背に目のやり場がなくなって、私は思わず俯く。



「拭くものを取ってくるわ」



立ち上がって部屋を出ようと背を向けた。

途端に背後から身体を捉えられる。



「行かせないよ、風花」

「ねぇ、風邪引くから‥‥‥」

「風花が暖めてくれるだろ?」



甘い甘いヒノエの囁きに力が抜ける。


「‥‥‥う‥んぅ‥‥んっ」


貪るようにキスを交わす。
唇を離せば横抱きに抱えられた。


期待に満ちた羞恥に、私の身体も熱くなってくる。


「朔と景時さんが待っているのに」

「明日行けばいいじゃん」

「でも‥‥‥」



心とは裏腹に、
少しだけ抵抗してみせる。



「大丈夫」



抱き上げられた体勢で、キスの合間にヒノエはニヤッと笑った。



「もともと明日行くと連絡してたからね」

「‥‥‥え?だって今日は」

「今日は、オレの事だけ考えなよ」



始めから、今日はここに泊まるつもりだったらしい。



隣の部屋、寝具の横に私を降ろして

ゆっくりと帯を解いてゆく。



「‥‥‥オレの最後の恋は風花のものだよ。永遠にね」

「私、も‥‥‥んっ‥‥‥」




春の雨が与えてくれた、熱くて甘いひととき。




あなたに出会えて良かった。

あなたが初恋で良かった。

あなたを愛して良かった。




幸せをありがとう、ヒノエ。







「オレの愛を伝えるのに、一生なんかじゃ足りないんだよ」


だから生まれ変わっても、風花と出会わないとね‥‥‥





気怠い幸せに満ちれば訪れる睡魔。


ヒノエの声に包まれて、眠りに落ちた。







 
 

   
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