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夜着に着替えた私は、縁側に腰掛けるヒノエを見つけた。


片膝を緩く抱えて、柱に凭れて座っている。





浴衣の合わせが程良く肌蹴ていて

憂いを帯びた眼とあいまって、ドキッとするほど妖しくて‥‥‥‥綺麗で。


私の胸は途端に早鐘を打つ。






こんな人が私を好きでいてくれるなんて、夢のよう。








‥‥‥だけど


今日の彼は何処か変。

いつものように優しいけれど、
決して眼を合わせようとしない。



思えば昼過ぎから、そんな態度だった気がする。








ほら、今だって。

足音に気付いているくせにこちらを向いてくれない。

何か怒らせるような事をしでかしたかしら?




内心首を傾げて、


でも、分からないから本人に聞いてみる事にした。





「ねぇ、何か怒ってる?」

「何のことだい?姫君」




常と変わらない様に見せても、眼が笑っていない笑顔。

本当に、何か怒らせたのだろうか。





「ヒノエってば嘘つきね」



隣に座って、下から顔を覗き込む。
ふい、と外される視線。




「‥‥‥ほら、怒っているじゃない」





ふふっと笑いながら言ったら、ヒノエは手を伸ばしてきた。


「‥‥きゃっ」


抱き締められた体勢のまま、二人もろとも床に縺れ込む。




















「‥‥‥風花には、オレが怒っているように見えるのかい?」

「違うの?」

「‥‥‥さあ?オレの姫君は何処を見てそう思うんだろうね?」

「それはっ‥‥‥ふぅ‥‥んっ‥」



答えようとした私の唇はヒノエによって塞がれる。



‥‥‥いつもと違って始めから激しいキス。


情熱をぶつけるような激しさが、そのままヒノエの感情の様に感じる。









深く、絡ませる甘い舌に

いつも流されてしまうのは、私。







「‥‥‥ヒノエ‥‥」



唇を離せば名残を惜しむかの様な、銀の糸。


目の前には綺麗で愛しい彼の顔。


「‥‥‥ねぇ、本当にどうしたの?」


心配になって、けれども何故怒るのか分からない私は、ヒノエの頬を手で挟みながら聞いた。



「じゃぁ、賭けをしようか。少し時間を上げるから、オレが怒っていると言う原因を当ててごらんよ。
‥‥‥見事当てられたら、お前の欲しいものを何でもやるよ」

「‥‥‥当てられなかったら?」

「お仕置かな。風花はオレの好きにさせて貰う」



フッと、妖しく眼が煌めく。

この瞬間に心臓が跳ね上がる事を、彼は知っているのかしら。


‥‥‥きっと、わざとなんだろうけど。



「それでいいかい?」



眼だけで頷く私の頬は、紅いはず。




 




「風花、始めるよ」


ヒノエの合図と共に、今日一日の行動を考え始める。


確か、朝は‥‥‥


「‥‥‥もしかして、余った煮物を九郎さんにあげた事?」


と言っても、別に手ずから食べさせた訳ではない。



「はずれ」



再びニッと笑う。



「じゃ、お仕置ひとつな」



と言い、私の唇を舌でなぞる。
‥‥ぞくっと背中を走る熱。



「‥‥‥ん、もう‥‥‥‥」

「ほら風花。早く考えないと時間切れになるぜ?」

「え‥‥‥と、次は‥‥‥んんっ!‥‥」



再び喋り出すのを邪魔するかのように、耳の裏に息を吹き掛けられた。



「―――ヒノエ!」

「‥‥‥時間をやるとは言ったけど、邪魔しないとは言ってないぜ?」

「ばっ‥‥‥っ‥‥‥」



バカ、と言おうとして、また唇で封じられる。





もう、まともに考えられそうにない。




抵抗する力が抜けたのを確認したのか、

ヒノエのキスが変わる。



奪うキスから、与えるそれに。


舌を蹂躙するように絡ませれば、全身に快感の波が広がって行く。







「風花‥‥‥答えなくてもいいのかい?」

「‥‥‥答えさせなっ‥‥‥くせに、っ‥‥」

「へぇ、まだ話が出来る余裕があるんだ」





‥‥‥いったい、この身体の何処に余裕なんてあると言うの。




唇を離して、ヒノエは
私の前髪をそっと梳いた。








「‥‥‥残念、時間切れ。正解を知りたいかい?」



頷く私に、それは嬉しそうに‥耳元で囁く。











「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」













「なっ!?‥‥‥もうっ!!ヒノエのバカ!!」

「はははっ!風花はやっぱり可愛いね!」

「‥‥‥ヒノエなんか口を聞いてあげない!」




怒って横向いた私。



そんな私の両頬に、暖かい手が触れて

そっと顔を上向かせられる。




「‥‥‥それは困るかな。お前の声が聞けない世界なんて、明けない闇夜と同じだからね」




切なそうに、眼が揺れる。
手はゆっくりと私の頬を撫でる。


その眼は反則。
どんな事でも許してしまうから。




「‥‥‥私も同じよ。あなたがいなければ、この世界に意味なんてないもの」




ヒノエの後ろ頭に手を回し、ぐっと引き寄せてキスを贈る。

私達は、同じ想いを抱いている。





あなたさえいれば、世界は眩しいの。



「部屋に行こうか。一晩中風花の甘い声を聞きたいからね」



言われて初めて、
ここが広縁だって忘れていた事に気付いた。



抗議の声をあげようとした。

なのに、代わりに笑いが込み上げる。






そんな私を、ヒノエは優しく抱き上げてくれた。


彼の首に腕を回す。

そうすれば、互いの視界に映る、愛しい存在。



触れ合う程の距離で眼を合わせて、クスクス笑い合いながら

長い長い夜の、睦言の始まりを感じた。
















『‥‥‥始めから怒ってないけどね。困ったお前が愛しすぎて、つい』


彼の悪戯心が生み出した、甘い誘いに

私は今夜も溺れてしまうの。






 
 

   
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