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「和議はなった。では、清盛。三種の神器の返還を求めよう―――」




私はそこでハッとなった。

思わず顔を上げれば敦盛殿と眼が合う。
彼は不安そうに頷いた。




「―――ん?勾玉は‥‥」


「後白河、勾玉はすでに失われて無い。なれど、我は勾玉よりも強い力を手にしたぞ!!」



「‥‥‥お父様?」



清盛様は懐に手を入れ、黒く光るモノを取り出した。



「神子、あれは―――」

リズ先生が珍しく息を飲んでいる、気配がする。









「‥‥‥あの力の気配は、龍神のものだね」


「ヒノエ‥‥‥?」


繋いだ手に無意識に力を込めて来た。

静かな眼のヒノエが、清盛様を見ている。











清盛様は勝ち誇った表情で、手にしたモノ‥‥‥鱗のように見えるそれを掲げた。


私はこの形を知っている。


いつも望美の首に、大切に下げられている物と同じ。


白龍の命の源、逆鱗と‥




「‥‥‥‥まさか、あれは‥‥黒龍の‥」



答える声はない。

けれど、それが逆に整然とした答えを導き出した。




清盛様は黒い龍神の力で、源頼朝の息の根を止めようとしているのだと。







「頼朝、貴様だけは討つ!!」




「‥‥‥‥‥嘘‥‥‥」





養父上、

‥‥‥お父様。



どうして‥‥‥?




 



清盛様の持つ黒い鱗から、放たれた龍神の力の奔流。

真っ直ぐに頼朝に向かっていた。






その時、

シュン!!


と音がすると、明らかにその場にそぐわない華美な女性が‥‥‥頼朝の隣に立っていた。





「政子様!」


景時さんの声だろうか。
驚愕を隠せずに叫んでいた。




「グッ‥‥‥‥アアアアァアア!!」


獣のような咆哮。

政子‥‥‥北条政子は頼朝を庇う様に立ち、黒い力を浴びた。





凄まじい力。
その場にいた誰もが、彼女は無事ではいないと思った。

けれど‥‥‥



「‥‥‥人の子の身で、私に深手を負わせるなど‥‥‥その対価、己が魂で支払って貰いますわ」


言葉が終わるや否や、北条政子の身体から何かが
‥ゆらゆらと流れてきた。




「‥‥‥‥‥‥お父様っ!!」


「駄目だ風花!お前もやられるだけだ!!」


「放して!!!」



清盛様の元に駆け寄ろうとした私を、背後からヒノエが羽交い締めした。

どんなに暴れても、がっちりと固められている。





  





北条政子の身体から、恐ろしい何かが滲み出す。



禍々しい、と表現すべきものが‥‥‥‥‥‥



空は曇天になり、雷鳴が轟き、辺りは凍り付くような空気で息が苦しくなった。






ヒュオオオ――‥‥‥





不気味な音がする。

ゆらりと、北条政子の身体が揺らめくと、宙を舞い‥‥‥




清盛様目掛けて一直線に跳び、その身体を取り込んだ。


「ぐっ‥‥うあぁぁあああ!!!」


苦しげに顔を歪めて、清盛様が北条政子の体内に消えてゆく。



「清盛!!」



「やだ!‥‥‥‥‥‥お父様‥‥‥‥お父様ぁっ!!」






清盛様をその身体に取り込んで、満足そうに微笑む北条政子は‥‥‥無邪気な少女みたいだった。



それが更に恐怖と、哀しい思いを倍増させた。



「‥‥‥‥どうして‥‥」

「風花」


ヒノエがぎゅっと力を込めて支えてくれる。


腕の中で、涙が溢れた。
















『そなたは平家の一員。この清盛が娘。
‥‥‥例えどんなに離れていようとな』





















「お父様‥‥‥どうして‥‥‥‥」




あまりのショックで泣いているだけの私は、だから気付かなかった。


「もっと強い魂が、沢山欲しいわ‥‥‥あなたも私に力をお渡しなさい!!」



北条政子の身体から何かが飛び出して、望美の身体に消えていった事を。











「春日先輩っ!?」


「え‥‥‥」





私は、譲の叫びに我に返った。


ヒノエから身体を放す。


望美が呆然と立っていた。
北条政子は隣に倒れていて‥‥‥‥‥‥望美は青褪めた顔で、震えている。




一瞬、私は、望美が彼女を倒したのかと思った。

けれど、そうじゃないと望美の表情が物語っている。







「あれは、茶吉尼天だよ。まさか、また見るとは思わなかった‥‥‥」


景時さんが、やはり呆然としながら言った。






彼の言葉を受けて、青い顔のままの望美がぽつぽつと口を開いた。


北条政子の身体に宿っていた茶吉尼天は、望美を襲った。
そして、意識の中に入り込み、より強い力の溢れる世界


‥‥‥私達の世界に向かって飛び立ったのだと。






「何だって!?」


「春日先輩!だったらこうしてはいられないですよ!!」




将臣と譲が焦っている。

それは当然だと思う。




私達の生まれ育った世界に、あの化け物が行ったのだから。










‥‥‥今まで貯めてた五行の力で、一度だけなら皆を連れて跳躍出来るよ。

と、白龍が言い




リズ先生は胸元から逆鱗を取り出した。






「行かなきゃいけないよね。でも‥‥‥帰って来れないかもしれないのに、皆を連れていけないよ‥‥‥」

望美は今にも泣きそうに俯く。


今すぐ追って、茶吉尼天を倒したい。

けれど八葉の皆を、帰って来れるか分からぬ世界へ連れていけない、と葛藤していた。






「帰ってこれないって、決まったもんでもないんじゃないの?」



沈黙を破って、ヒノエが不敵に笑いかけた。



「ヒノエくん‥‥‥」




望美の眼が潤む。


望美の世界を救う為に、共に行こう、と。
皆の気持ちがひとつになる中で、私はただヒノエを見つめていた。




視線に気付いた彼が、振り向く。




絡まる視線。

それだけで充分だった。








「私は、ここに残る」


「‥‥‥風花?」














 





望美も譲も将臣も、驚いていた。



そりゃそうよね。


あの世界で育った私が、戻ろうとせずに

恋人のヒノエとも離れて、
ここに残ると言うなんて。


首を傾げて当然。







私は再びヒノエを見た。
フッと小さく笑ってくれる。

何もかもお見通しだよ、と言わんばかりに。

彼のこの笑顔が大好き。
今だって、胸が締め付けられる位に‥‥‥愛しい。


離れたくない、けれど。






「清盛様が消えて‥‥‥将臣もいなくなったら、
鎌倉殿が平家を狙わないとも限らないでしょう?」



将臣の眼が強くなる。

私は頷いた。



「なに!?兄上はそのような 「九郎、時間がないから黙って。確かに風花さんのいうことにも一理あります」



九郎さんを止めてくれた弁慶さんに、感謝の眼差しを送った。











それに、と私は続ける。


「清盛様に、時子様と帝の事を頼まれたもの」


「清盛に?」
















『我にもしもの時は、時子と帝を頼んだぞ』
















‥‥‥あまりにも沢山ありすぎて、未だ飽和した心だけど。
時間がない今、哀しむのは後回しにした。





「私は戦力にならないわ。きっと足を引っ張るもの」


「風花!そんなことないよ!足を引っ張るなんて思ったことない!!」




望美の気持ちは嬉しいけど、茶吉尼天と呼ばれたあの存在は強すぎるだろう。

どんなに否定されても、私の力は役に立たないのは事実。



ならばここで、私はあなた達の生み出した平和を見守りたい。



平家の皆と共に。










「オレはそれでいいと思うけどね」



いつの間にか正面に来たヒノエに腕を強く引かれる。

ぎゅっと息が苦しい程抱き締められた。






「確かに茶吉尼天が相手だと、余裕がないかも知れないしね。
‥‥‥それに、風花がここにいてくれれば、オレ達の意思は残る」


「そうですね。風花さんも和議の為に戦った仲間ですから」


「我らの願いを守ってくれるだろう。平和を望んだ神子の意思を」


「ああ。風花殿なら‥‥‥」



ヒノエに続いて弁慶さんとリズ先生、敦盛殿に後押しされて、望美はそうだね、と呟いた。













大好きなヒノエの胸の温もりを、刻み付ける様に目を閉じた。


「‥‥‥この世界で待っているわ、帰って来るのを」


「風花がここにいるなら、‥‥‥オレは何があっても帰って来られるよ」






私達は、必ず惹き合う。

どこにいても
何があっても




絶対に、大丈夫





「行ってらっしゃい、ヒノエ」


「行ってくるよ風花。オレが迎えに行くまで、他の野郎にフラフラするなよ?」


「さあ?早く帰って来ないと、分からないかもね」





クスクス笑う唇をキスで途切れさせて、ヒノエは飛びっ切りの笑顔を見せた。





「無理だね‥‥‥お前がどんな男の元に行っても、オレが必ず取り返してやるよ。そんなお前の身体も心も全部ね」


「‥‥‥じゃあ、ヒノエの事だけ想っていようかな」



私も、思い切り笑って見せる。

ヒノエは愛しそうに眼を細めていた。







それから私達は、無事に帰って来られるよう、おまじないのキスをする。










「皆さん、将臣の言う事は聞かないでね!ハメる気満々だから!!」


「人の考え読むな風花!!」




円陣から笑いが起こる。





これは別れじゃない。
幸せの為の、第一歩。



だから笑顔で‥‥‥





「行ってらっしゃい」





待ってるからね。





真っ白い閃光と、一陣の風が彼らを包んで‥‥‥その姿を消した。




 


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