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遠くで炎の音。

思うより風が強くて、火が廻り切るのに時間はかからないだろう。




『・・・思い出すね、風花。

初めて会った日も、同じような風が吹いていた』


『‥‥忘れたわ、私は』



目の前のヒノエの眼は静かで、

その顔には笑みを浮かべて、私の一撃を受け止める。


それが逆に静かな怒りを感じさせる。
あなたを裏切った私への、激しい静かな怒りを。





『・・・オレ達が出会って、まだ半年だなんて信じられないね、姫君』

『・・・・・・そうね』

『お前を手に入れてまだ日は浅いのに、それすら忘れさせるなんて・・・罪な姫君だと思わないかい?』

『・・・ヒノエってば馬鹿な事を言うのね』

『運命だと言って欲しいかな』



刀を受け止めたまま、もう片方の手を伸ばし、長く冷たい指が私の顎を掬う。


私は退く事も、払う事もせずに、彼の眼を見つめていた。




『・・・いつから気付いていたの?』


『オレが後ろに立つとお前は咄嗟に、右腕を腰に持っていく癖があった。
ちょうど鍔の位置にね。刀を持つ人間の癖だって知ってたかい?

それなのに武器を使えないと言ってたから、怪しいと思って烏を使って調べた。

・・・お前に再会して間もない頃だった』



・・・そうだったの。

流石は熊野別当。例え恋人相手でも、冷静に見てるのね。




『風花』

『お互い騙し合って側にいたのかしら、私達』

『そうじゃない!風花!』


そうやって、
切なく名前を呼ばないで。



今さら鈍る決心ではないけど

・・・・・・胸が痛むから。





再び斬り掛かる私を、ヒノエは素早い身のこなしで避ける。


『‥‥‥風花に殺されるのなら、悪くない』

『ヒノエってば嘘つきね』

『嘘じゃないさ。お前にオレが殺せるならね』



こんな状況なのに笑顔すら浮かべて、ヒノエは私の攻撃を躱していく。












火はすっかり建物を囲った
籠る熱気で汗が止まらない



もう、頃合だろう
時間稼ぎもここまで






  


『・・・逃げて』


『風花?』


不意に刀を仕舞う私を見て、ヒノエは眼を丸くした。
流石の彼にもこれは予想外だったらしい。







もう大丈夫


今なら、逃げられる






『早く、望美達を連れて逃げて!!』







炎はもう、望美達の部屋まで迫っている。




『清盛様達は正面と裏口に待機している。けれど――』



ごめんなさい、清盛様

私にヒノエは殺せない







大切な人を、平家の眼を盗んで逃がす


・・・・・・この為だけに平家に戻った私を、許して。







『庭の築地の奥、そこの柵を破っておいたの。そこからなら――』


『風花はどうするんだい?』







焦ったように眼を揺らして腕を掴んでくるヒノエを、じっと見た。





『私は行けない。清盛様の元に戻らなくては。

‥‥共に逃げれば追手がすぐに来るわ』




私の手で仕留めた事にしなければ

望美達もあなたも生かせられない。





頭のいいあなたなら分かるでしょう?










『・・・・・・お前も不器用だね、風花』

『何が』

『清盛に話した後、ここで死ぬつもりなんだろ?』











神様、


どうか、僅かに見開いた目が

震える肩が、



彼に気付かれませんように。







最後まで、

隠し通せますように。







『風花。オレはお前を諦められない』

『‥‥‥』

『一緒に行こう。何が来てもオレが守るよ』

『‥‥‥‥ヒノエ‥‥』





一瞬だけ切望したあなたへの想いを

噛み締めて、小さくうなだれた。










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