無垢な椿は残酷に色を刺す (6/9)




何もヒトが死ぬのは

空が泣いている日



決まっているわけじゃないからね


太陽が笑う日

死ぬヒトだっているんだよ



それでも世界は回る


誰が死んでも世界は

変わらない





木の枝に微かに触れる、
ぽかぽかとした陽射しが気持ち良い。


こんな日は、小高い丘の、木の上から見下ろす京の町並みも、
何時もより余計遠くまで見渡せている気がして、気分も良い。




「うーん。絶好の人間観察日和だねー?
…………君もそう思わない?」

"ぼくもニンゲンかんさつ好きだよ"


私の隣にチョコンと座る彼に話しかければ、
直ぐに彼は可愛らしい声を返してくれた。


それは、私以外の。
ヒトが聞いたらニャーとしか聞こえない声。



幼い頃、つまりは人間に捨てられ、アクラム様に拾われる前。

猫達と暮らしていたせいか、猫の言葉が解るようになった。


妄想とか勘違いではなくて。


けれどそれを知っているのは、アクラム様だけ。

だからアクラム様は私の事を猫と呼ぶ。


私の性格からか、アクラム様の影響か。

何も知らない、彼ら鬼の一族も私の事を猫と呼ぶ。


別に猫と話せる事を隠しているわけではないけれど、特にセフル辺りは、言ったところで信じてくれそうにないし、
頭の可笑しい奴と思われるのも癪に触る。



何より、私の事を知るのも、理解するのも。


アクラム様……ご主人サマだけでいい。




「へぇ、君も人間観察が好きなんだ?私達気が合いそうだね?
ところで君、初めて見る顔だけど、名前はあるの?」


そう尋ねれば彼は"名はない"と。

悲しそうに鳴いた。



「……じゃあ今から君は『白雪』って名乗るといいよ。雪みたいに白い君にぴったりでしょ?
でも君、男のコだから、こんな女のコみたいな名前嫌かな?」


言葉を落とすと共に彼の頭を撫でてやれば、擽ったそうに、けれど気持ち良さそうに彼は目を細める。

そして返事の代わりなのか、私の手に頬を寄せた。



「……良かった。気に入ってくれて。
私はそろそろ京のまで降りるけど、白雪はまだここにいる?
……………そっか。残念。じゃあ、また会ったら一緒に人間観察しよーね。」


もう一度、今日から白雪になった彼の、ふわふわの毛並みを楽しんで。


私は、木の枝から飛び降りた。







「………あっ。忘れてた。」


珍しく地に足をつけて、のんびりと京に向かう途中ある事に気付いた。

それに気付いた私は、袖口から一枚の厚手の布を取り出すと、長く伸びた髪を、全て覆うように丁寧に巻き付ける。

全ての髪を覆った後、念には念を。

すっぽりと外萇を被った。


セフルから貰った外萇は少し大きくて、目元まで隠れてしまうけれど、致し方ない。

鬼、と人間に追いかけ回されるより幾分はマシだ。


バレたらバレたで殺してしまえばいいだけなのだけれど、アクラム様に貰った衣を、人間なんかの薄汚れた血で穢すのはなるべく避けたい。

以前、鬼だ何だと私を追いかけてきた奴らに手をかけた時は、返り血を浴びて散々だった。


鬼にも成りきれない私を、髪の色だけで、鬼だと決め付ける京の民は愚かしくて、脆い。

自分とは違うモノを、異色なモノを認めようとしない彼等は、
こちらが黙っていれば強気なくせに、少しでも力を誇示すれば脅え、恐怖する。

助けてくれと、今まで自分達が殺そうとしていたモノに懇願する姿は何とも滑稽で、醜い以外の何者でもない。



けれど。


人間にも鬼にも、猫にすら成れない私が一番、
醜く、滑稽なのかもしれない。





「セフルも気が利かないよねー。くれるならちゃんと採寸してからくれればいいのに。
まぁでもセフルだし、くれただけマシか。」


今更言ってもしょうがないであろう、この場にいない彼の文句を口にする事で、退屈な道のりを紛らわす。

それでもやっぱり見える景色は変わる事なく、退屈なものは退屈で。


歩くのにも飽きて、やはり一気に移動するべきか考え始めた頃、
周りに生えた、無駄に伸びた草木の茂みから飛び出したのは一匹の猫。



なんだか様子が可笑しい。


「……あれ?ミネじゃない。そんなに慌ててどうしたの?」

見覚えある猫の姿に、そう声をかければ、
彼は"ついて来て"と元来ただろう道へ姿を翻した。


逆らう事なく彼の後を追い、茂みに入れば、ボロボロとしか言いようのない、怪我をおった――見覚えのない、金髪。


そして聞こえ始めた人間の声。

既にこの近くまで来ているのだろう。



「……ふーん。金髪、ねぇ。この子は鬼かな?それとも私と同じかなー?まぁ、どっちでもいいけどね。
とりあえずこの子が見つかるのは時間の問題だから、ミネは隠れてなよ。」

わかった、とミネが隠れたのを確認して、ぐったりと木の根に隠れるように横たわる金髪の少年に近付き声をかけた。





人間に捨てられた野良猫よ。お前は……

「ねぇお兄さん、お兄さんは―――――」


―――生きたいか?




余程疲れていたのだろう。

そこで漸く私の存在に気付いたらしい彼は、ただでさえ大きいだろう目を、
今にも零れ落ちそうなくらい見開く。

その顔は似ていないのに、よく知った間抜けなアイツの姿と重なって、笑えた。



「え、っと……君、は?」

彼の性格か、それとも今の状況か。

返ってきた声はあまりにも弱々しく、か細くて。


「んー……。答えになってないなぁ。私はお兄さんに生きたいか、それともこのままアイツらに殺されたいか聞いてるんだけどー?」

苛々、した。


「……ボ、ク…は……真夜ちゃんに会うまで――死ねない。」

「…………りょーかいでーす。」


その真夜と言う、名前からして女が余程大切なのだろう。

今まで弱々しく揺れていた蒼眼が、強い意志を宿した時、
あまりにも調度良く、煩わしい声が辺りにこだました。



「いたぞーー!!……なんだお前……お前もその鬼の仲間か……?」


声のした方へ体ごと顔を動かせば、外萇で見えにくいながらも数人の人間の男達の姿を確認する。


たかが数人。

されど数人。



「……仲間ではないんだけどねー。」

「だったら…!「でもお兄さん達さー?一人相手に寄ってたかって卑怯じゃないかなー?弱い奴ほど徒党を組むって言うけどホントだねー?」」

「なっ……!!こっちが心配してやれば……オイッ!!コイツもその鬼の仲間だっ!!」


安い挑発に引っ掛かるコイツらは、本当に馬鹿としか言いようがなくて。


「……あんまり吠えないでよー?尚更弱く見えるよ?」

笑みが零れた。


後ろから金髪の彼の制止の声が聞こえたけれど、
私はもう止まらない。


止めて、やらない。




「……弱い人間(ヤツ)はさぁ。


――――死んじゃえよ。」










「……あーあ。また汚しちゃったよー。今回は汚さないように気をつけたのになー。」

「…ど……し、て……。」


辺り一面に広がるのは赤黒い、湖。

むせ返る程に一帯を覆いつくす、躯を流れていたモノの臭い。


原形を留めていない、本来人間であったものが所々に散らばった、
穢れた血で出来た湖は、お世辞にも綺麗と言えるものではなく。

けれどその原形があった頃よりは余程、綺麗。


ペロリ、彼等を殺めた武器である、血が付着した己の爪を舐めれば、
それ特有の鉄の味がした。

(……やっぱり美味しくない)



「……どう、し…て……?どうし、てこんな……。」

ウエッ、と金髪の彼は、酷く辛そうな顔をして汚物を吐き出した。



「どうして……?お兄さんが生きたいって言ったんだよー?」

「だから、って何も………殺すなんて……。


吐き終わったらしい彼は、まだ苦しそうに肩で息をしていて、今にも涙が零れそうだ。

泣きそうな彼の目は、時々恐怖が垣間見えて、それは小動物のようで。

なんだか微笑ましい。


でも。


「……なんで殺しちゃ駄目なの?」

「なん!!…でって……。当たり、前…の事…でしょ……?人を……殺すなんて……。」


甘い。

甘過ぎる。

甘過ぎて……。


「……お兄さんはさー。自分が殺されそうになってもそんな事言えるんだねー?私が殺らなきゃお兄さん死んでたよ?」


生きるに値しない。




「同じ人間なんだよ……?話せば分かってくれたかもしれないのにっ……!!」

「……面白い事言うんだね。じゃあ、なんでお兄さんはアイツらから逃げてたのかなぁ?話が通じなかったから逃げてたんじゃないの?
第一、私をアイツらと一緒にしないでくれるかな?不愉快だよー?」


アイツらと私が同じ人間?


冗談じゃない。

冗談でも笑えない。



アイツらみたいな人間が私を人間でなくしたのだから。


今更同じにされても迷惑以外の何になる?



「……これ以上お兄さんと話してても平行線になるだけだねー。でもね、お兄さんこれだけは忠告してあげるよー。
ヒトはね、奪う側と奪われる側しかいないの。私は今回奪う側に回っただけ。
お兄さんも"真夜"って人が大切なら分かるんじゃない?
綺麗ごと並べるだけじゃ奪われるだけ。」


じゃあね、と、くるり彼に背を向ければ待って、と声が聞こえて立ち止まる。


「………なにー?まだお説教するのー?」

軽く厭味混じりの返事を返せば、意外な言葉が返されて。

「ボクの名前は詩紋…貴女の、名前は……?」

私はそれに、にっこり笑みを深める。

とは言え、彼には口元しか見えていないだろうが。


「私の事は好きに呼べば良いよ。……あっ、これあげるよ。君の嫌いな血で汚れちゃったけど。…じゃあね?」


あの方がくれた名前を、人間かも鬼かも解らない奴なんかに教えない。


外陰を外してに渡せば、彼は小さな叫び声を上げ、酷く驚いた顔をしていた。


私は、顔にも返り血が付いてるのか、と。

それに対して特に気にするも事なく、未だ私の顔を凝視する詩紋に外萇を半ば強引に手渡し、今度は止まる事なくその場を後にする。




……つもりだったのだけれど。


不意に詩紋の後ろから近づく強大な神気に、後ろを振り返らずにはいられなかった。


その人間が姿を現せば、あかねちゃん!!と嬉しそうに詩紋が彼女を呼んだ。



嗚呼、彼女が。


「……龍神の神子サマ、ねぇ。」


血の湖に驚く彼女は、どこにでもいる人間の女にしか見えないのに。


溢れ出る神気が、それを否定するかのように彼女を龍神の神子だと知らしめていて。


(この女がアクラム様の欲する人間。)


興味と共に沸くのは嫉妬。


けれど同時に一つの疑問が浮かび上がった。

アクラム様はこれから龍神の神子に会いに行くと確かにそう言っていた。

ならば何故、龍神の神子である彼女がこんな所にいるのだろう。


それとももう、挨拶とやらは終わったのだろうか。



(……考えても仕方ない、か。)


直ぐに考えるのを止めた。

龍神の神子と会っていようが会わないでいまいが、アクラム様がする事は全て正しいのだから。


アクラム様は私のたった一つの真実であり、私の存在そのもの。


それが全て。



今度こそ本来の目的地である京へと歩みを進める。



前だけを向いて。



もう後ろは振り返、らない。




「……あっ、外萇あげちゃった。セフル怒るかなー。怒るだろーなー。
………………まっ、いっか。」





知らなかったんだよ。


ヒトが脆いだけじゃなく、儚いということを。


ヒトが醜いだけじゃなく、美しいってことを。




誰が死んでも世界は変わらない。

世界は回る。



でも。




君が死んだら私は変わる。

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(遅くなったくせにこんなんでごめん(:_;)で、でも今回は無茶振りしなかった私を褒めて(笑))







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