春風に咲き待つ葵の蕾 (5/9)
出逢うべくして
出逢う運命
胸の琴線が激しく泣き叫ぶのは
巡り逢いが連れて来た罠だというの
その凍えた眼を 指を 心を
救いたいと思った
………それが 私の侵した
最大の 罪
時折、見る夢。
闇の中で光る一対の眼だけが、やけにリアルで。
あれは本当に夢なんだろうか。
「「おはよう!真夜ちゃん!」」
玄関を開けると良く似た表情の二人。
顔立ちや色、性別さえ除けば、双子なのではないかと言うくらいに笑顔がそっくり。
若干、金髪の少年…詩紋が勝ち誇った表情をしているから、今日は彼が『競争』に勝ったのだろう。
可愛い後輩の詩紋と、幼馴染みのあかね。
我が家のインターフォンをどちらが先に鳴らすかを毎朝競っている。
一瞬でも先に私の姿を見たいからだと以前言っていたが、何の為にその瞬間を迎えたいのかそもそも理解できなかった。
いちいち問う事も諦めているから、いつもと同じように挨拶を返す。
「おはよう、詩紋、あかね」
「…お前らも毎朝よく飽きねーな」
「…おはよう天真」
「おー…」
そして彼らの後から、怠そうに同級生が姿を現すことも、いつもと変わりはなかった。
天真と同じで、私も笑いかけるわけでもない。
朝から無愛想だと思われるだろうし、実際無愛想なのだと自分でも思う。
でも、これが私。
笑えと言われれば笑えるし、
怒れといわれれば怒ったフリも出来る。
『フリ』でいいのなら。
十七年と生きてきた中で身につけた処世術とでも言えばいいのか。
今さら、何とも思わないはずなのに
このときに限って感じた物足りなさに、何故だろう
愕然とした。
「いつも満開だね、ここ」
「詩紋、お前はこの通路じゃ回り道だろ?いいから先いけよ」
「天真くん!それは禁句だよ」
「は?何言ってんだあかね…………って、しまった」」
「…そんな事いうんだ?…いい度胸だよね」
「いや別にそういう意味じゃなくてな?」
ちらっと私を見た年下の青い眼が、きらりと輝きを放つ。
まるで全てを見透かそうと、内面に抱えるものまで読み取ろうとするようで、どう応えていいものか思案してしまう。
不意にどくんどくん、と胸が波打った。
「ボクの貴重な時間だと知ってるのに、天真先輩は酷いよ……ねぇ?」
激しい痛みと耳鳴りが我慢できなくなって、その場に膝を付く。
「おい、真夜?」
「……どうしたの!?」
天真を押し退けて、詩紋が崩れる身体を支えてくれた。
桜の花弁が散っていくのが、やけに鮮明に映る。
………そして、あかねが……
「てん、ま…あかね…」
「あかね?………」
天真が私からくるりと焦点を返る。
今にも足取りが危うく、通学路の近道にある古びた井戸に向かって歩くあの子。
朽ちた井戸って不気味だね、そう先日笑っていたあかねが呼ばれるようにふらふらと歩いていく。
「呼んでる…」
「あかねっ!!」
おかしいのは私じゃない。
あかね……あかねが、おかしいの。
そう言わせない為に胸の苦しみを覚えさせたのだと、不思議と確信した。
そんな超常現象などありえない時代だというのに、この時すぐに思い浮かんだのは、そんなあり得ない筈の事だけ。
ただ、このままあかねを見失ってはならないと思った。
…在た…
仄かに実在のないシルエットが、意識のなくなったあかねを空に引き寄せる。
時代錯誤の衣装は滑稽なはずなのに、その…男…には、不思議と見惚れてしまう何かがあった。
顔すら不確かなのに、居振る舞いがそうさせるのか。
「何だよこいつ!?」
私も詩紋も思わず呼吸を忘れた中で、天真だけが叫ぶ。
あかねの腕に辛うじて飛び、引き摺り下ろした。
…稀有なる少女よ…
深く、豊かに響く声を
「真夜ちゃん!!」
「……も、ん……」
キラキラ光を纏う少年の、蜜色の巻き毛が眩しい。
不安そうな顔してる。
今にも倒れそうな動機が苦しくて、視界がモノクロになりつつも意識を保つ、そんな私を苦しそうに見てる。
私よりも、あかねを行かせないで。
そう言いたかったのに、限界を訴える痛み。
服にしがみ付いてしまうのは、私が彼に甘えているのかも、しれない。
……泣かせてごめん、詩紋。
咽るくらいの花の香り。
そして鳥肌の立つ冷気。
温もりなどなく、孤独すら五感に訴えてくる。
生みの親の顔すら知らない私には、お似合いなのかも知れない。
そう思えば眼を開けることが怖くなかった。
「…龍神の神子の代わりか」
目覚めた瞬間に痛む、身体。
喉が、身体中が焼けるように痛い。
何があったのか混濁した私は、呆然と至近距離の男を見上げた。
「面白い。そなたの外見は楽しませてくれる」
くつくつと笑う声が聞き覚えのあるものだと感じ、一体何処で聞いたのか考え………思い出す。
「……皆は?」
「ほぅ…まだ口を開くだけの余裕があるとはな。なかなかに楽しませてくれそうだ」
仮面の男が上機嫌だということが感じられる。
私の身体は一切の力が入らなくて、為すがままに男の腕の中。
「龍神の神子さえ居れば他は邪魔だったからな。他の二人は時空の闇に落とした」
「…そう」
男は嘘など言ってないだろう。
時空の闇というのが実際にあるのか分からないが、本当に落としたのかもしれない。
「怒らぬのか?」
……怒る。
ならば彼は、私を怒らせたかったのか。
私から『怒り』を引き出して遊ぶつもりで居たのか。
「……成る程。そなたには感情が欠けているというのか?面白い」
……違う。
そう、否定したくとも出来なかった。
「冷たい女だと言われた事はないか?先程まで龍神の神子達を気に掛けていたと思えば………消えた瞬間に歯牙にも掛けぬとは」
仮面の奥で金色の眼が輝く。
嬲る快感を持つ獣のように男が私を見て笑った。
否定は出来ない。
だけど一瞬で看破された事実を言い当てられて、さっき感じたものとは違う胸の痛みに苦しくなる。
龍神の神子はきっとあかねのことなんだろう、と。
彼が呼んだのはあかねで、どうやら面倒ごとに巻き込まれ始めたのだ、とか。
詩紋と天真の居場所を先に探すのが先決なのかもしれない、とか。
……くるくる頭を廻らせるものの、彼らの心配など微塵もしていなかった。
ただ冷静だった私を男は嘲笑う。
「私の飼い猫の方が、よほど感情を見せてくれる」
「………」
…………仮面を解こうとしない男の前なのに
いつもの私のように、心の仮面を付ける事が出来なかった。
いつの間に男が消えたのか、それすら分からず座り込んでいた。
星明りは信じられないほど近く、瓦礫と古びた焼け跡の……恐らく、日常とは違ったこの場所。
一人で居るのはあまりにも広く感じた。
「冷たい…か」
怒ったフリをすれば良かったのか。
どちらにしても、きっと簡単に見抜かれてしまう。
あかねと詩紋、二人だけしか知らずに、育ての親ですらも気付かぬフリを通してくれた秘密なのに。
私には感情の一部が欠落している。
あっさり見抜いた男は、同じ匂いがした。
この時の私は何も知らなかった。
この京で私達は出会い、苦しむことを。
花が散ることの意味も、誘う匂いの愛しさも。
氷はいつか、溶けるということも。
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(朱里っち、詩紋のアレは次回でごめん!)
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