序章・椿 (3/9)
朝靄が、私を柔らかに包み込む。
朝に近付いてはいるけれど、まだ夜で、薄暗い。
見下ろした景色は、私の目に何も映らない。
手元を手繰れば、今まで寝床にしていた太い木の枝は、
私の体温を奪ったせいか、ほんのりと温かかった。
一風の大きな風は、冷たさを残して私を通り過ぎ、
それは早過ぎた目覚めに、ついてこれない躯には調度良く。
幾年もの歳月をかけて成長した木の上からその風を楽しんだ。
本当は眠り直したいけれど。
野良猫は遠き昔、たった一人の主を見つけてしまったから。
戻らなくてはならない。
主人の居る、その場所へ。
「ふわぁ……眠いなぁ。帰ったらまた寝よ……。」
大きな欠伸が一つ、出た。
序章・椿
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