き星と月下氷人 (9/9)










歌姫が呪詩の旋律を口ずさんで

舞姫は沈黙のダンスを狂うまで








貴方の「アカ」






赤く、朱く

そして紅く深く、美しく……残酷なのに




宙を舞い禍々しく月光を彩るその様に

我もなく見惚れる私は



墜ちてゆくのか、墜ちているのか





恐ろしい程アカの似合う、美しい貴方に









文机に頬を突き、今しがた巻物を辿っていた指を止める。

何気なく、思い出した事に気を引かれたから。



……そう、今日で一週間になると。








『娘、お前は何だ』


あかねと藤姫から、『八葉』と言う男達
……と言えど詩紋の他には二人しかいないが……
を紹介された私は、この一言に戸惑いを隠せなかった。



何だ、と聞かれても。



『泰明さん、何だと言われても困ります。真夜ちゃんは私達と同じ世界から来た子なんですから』



あかねが言葉通り困惑を浮かべ、泰明と呼ばれた無表情な男に説明してくれた。

が、綺麗な顔立ちの男はあかねを無視して、尚も私に問いかけてくる。


『お前は神子ではない。無論八葉でもない。だが、その身を纏うのは神気。………お前達は何だ?』




自分の問いだけを重ねる潔さに、若干呆れた。


動きが滑らかで、精巧な人形にも取れる。
それ程の美しい男。


瞳に何の感情も宿さず淡々とした口調の美声の持ち主は、私をじっと見る。


『今あかねが言った事が全てです。何、と聞かれても困りますけど』



さっきの様子からまだ食い下がるものと思っていた。


『そうか』


が、あっさりした引き際。

私は今度こそ呆気に取られ、その後泰明さんが綴った言の葉を聞き逃しかけた。






「…… 」






……確か、誰かの名前だったような、気がする。



















一週間経ち、あれ以来泰明さんに会う事もなかった。

聞けば彼は、歴史に名を残す陰陽師・安倍晴明の弟子。
なので何かと忙しいらしい。





反対に、頼久さんと詩紋とは同じ邸内に居る事もあり、毎日顔を見るけれど。



…等々、ぼんやりと巡らせた思考に気付き、頭を振ってそれを吹き飛ばす。
そうして再び手元の書に視線を落とした。




邸の最奥を居室として与えられた私は、そこに今朝から籠ったまま。

流麗かつ難解な書物を指で一字ずつ辿りながら、そこに記された物語を脳で形成する。
と言った事を実践していた。


この時代の文字に慣れるのは難しい。


時間の割にはちっとも進まない作業に喉の渇きを覚えた頃………それに気付いた。


「………何?」






唐突に肌を突き刺す………殺気?








広大で豊かな緑を誇る日本庭園に、相容れぬ剣呑な空気を感じる。



「喧嘩?どっちにしろ私が出ても仕方ない」



それを意識の隅に追い遣って、すっかり消えた眠気を有り難く思いつつ、文机の前に座を正した。



「…あ…ね!い……だろ!?」


此処からでは遠い、叫び声が小さく聞こえた。



「天真?」


聞きなれていた声が呼ぶのは多分、あかねの名。

今まで消息が掴めなかった同級生は、どうやら自力で此処に辿り着いたらしい。

けれど伝わる張り詰めた空気は、彼が歓迎されていないどころか、排除されようとしている事を語っていた。


当の親友様は物忌みの日だとかで、詩紋を伴って塗籠に入っている筈。


龍神の神子は五行の歪みが起こす影響が激しいらしくって色々と大変だなぁ、なんて今朝苦笑するあかねに激励を贈った位だから間違いなくて。

立ち上がって羽織を肩に掛け、庭に出たのは気分転換も兼ねての事だった。



近づくにつれ聞こえてくる喧騒は大きくなってきた。




藤原家の門構え。

その前に、雑色や童達だろうか?人だかりが見えることから、騒ぎの発生源は其処らしい。



「離せっ!あかねを出せって言ってんだろ!!」


……相変わらず大きな声だ。




人だかりを押し除け、中心まで辿り着けば、やはり間違いなかった。

大きな男に「彼」が羽交い絞めにされて手足をばたつかせている。


良く見れば身体中のあちこちに泥が付いていて、今まで散々手こずらせたのが分かった。


「天真」

「……はぁっ!?真夜!?」

「久しぶりだね」

「よっ元気か?……じゃねぇ!何か知んねーけど、この石頭に離せって言ってくれ真夜!!」


真っ赤な顔の天真の背後、抱えている男は涼し気で。

対照的なのがやけに目を引いた。


「彼を放して下さい、頼久さん」

「真夜殿。この男は真夜殿のお知り合いなのですか?」

「はい。あかねと詩紋とも知り合いです。身元は私が保証します」

「ですが…」


大きく頷いても、まだ頼久さんの懸念は晴れないのか、腕を解かないまま思案顔で押し黙る。


護るべき主人のあかねからの命令しか聞かないのか、この人は。

私の保証なんて物の数にも入らないとは予想できるけど。


ざわざわと、見学者の顔ぶれが増えた気もするし、このまま此処で時間を潰すのは流石に御免だと思った。


「…お、前なぁっ!!」


天真なんて、今にも爆発しそうだ。
……仕方ない。




「………だったら頼久さん、今からあかねに聞いてきてください。森村天真が来ていると」

「ですが、賊を置いておけません」

「賊じゃねぇって!」

「じゃぁ、私が聞いてくるよ」

「いや待て真夜。お前が居ない間に門の外に捨てるぜこいつ」

「………」

「………」

「………図星かよ」


「……だったら、このままあかねの所まで連れて行けば?」



なりません、だの、神子殿にお怪我があっては、だの。



神子殿ミコドノと連発する頼久さんを何とか説得して。

やっとの思いで実直な大人を動かすことに成功したのは、すっかり夕暮れ時だった。


「天真先輩!?心配したんだよ!」

「天真くん!?良かった、生きてたんだっ!」



日が暮れて、やっと廊に出られた二人とタイミングよく鉢合う。
庭園を歩いていた私たちに気付き、同じように顔を輝かせて涙ぐみながら突進してきた。



「ちょ、イテッ!いいい痛いから止めろ!」



そのまま天真の無事を確かめるように……全身を叩きだす。

詩紋なんて、感激の余り誤って、拳を思い切り振り降ろしている。
手加減を忘れるくらい、相当嬉しいらしい。




「天真先輩、生きてたんだね」

「待て。お前目が笑ってないぞ?しかも舌打ちしてねぇか?」

「そんな事無いよ!ボク、天真くんを心配していたんだよ、ねぇあかねちゃん?」

「………う、うん」

「……嘘吐け、あかねを脅しただろうが」






楽しそうに騒ぐ三人

………毎朝、見てきた光景。







「真夜ちゃん!天真先輩が酷いんだよ〜」

「あ!どさくさ紛れに何抱きついてんだよ!」








詩紋の腕が温かい。


………そして、不思議と目頭も。



















「俺?鴨川べりで寝っ転がってたんだよ。で、そこで知り合った奴に仕事世話してもらってだな」


感動の再会から既に時間は経過し、こちらの事情を語り終えて、天真が自分の話をし始めた頃はすっかり夜。


遮るもののない星は、今日も宝石のように夜空を埋めていた。

ここ、あかねの室には私達と、後は藤姫が思い思いに座っている。
その外に頼久さんが警護に立つ。
先程もそうだったけど、私たちの話に介入せずあかねの背後に控える彼は、何だか警察犬みたいだ。



「ここの鴨川ってな、怨霊が京にはびこっているせいで、死体が転々としてんだぜ」

「え〜っ」

「起きてすぐ、ばったり盗賊に遭ってさ。そいつの荷物を拝借して、色々京を案内させて」

「え?盗賊に案内させたの!?」

「ったり前だろ、見知らぬ地なんだから他に頼るやつもいねぇし。で、色々分かった所でそいつを役人に引き渡して……」

「……天真くんってサバイバル強いよね」



あかねと天真の話を聞くともなしに耳にしていると、不意に視界が柔らかい陽の色になる。



「……詩紋?」

「真夜ちゃん、どうしたの?疲れちゃったの?天真先輩のせいで」

「俺か!?」

「だってさぁ、ボク、真夜ちゃんは今日大変だったと思うんだ。か弱い女の子なのに、喧嘩を止めたりして……怪我、なかったから良かったけど……」





しゅんと項垂れる詩紋は、頼久さんとは別の、子犬のよう。
頭を撫でれば、フワフワの髪が気持ちよかった。


その感触はそのまま、私の心を表している。



今日に来てからの私は、詩紋の傍が暖かいと気付いたから。

この綺麗な色をずっと撫でていたいと思うこと。
この綺麗な色に、映されるだけで肩の荷が下りることに。



「ありがとう。でも何とも無いよ。だから詩紋も天真ばかり責めないで。天真は天真で大変だったから」

「…………うん。真夜ちゃんがそう言うなら」

「……すげぇ。詩紋を手懐けるなんて流石は真夜だな」

「天真も余計なことは言わないの」

「へーへー」



………そこで立ち上がったのは、運命の分岐点だったのかも知れない。


それがあかねでなくて私だったことが。



「先に寝るね」

「うん、お休み」

「……サンキュ、真夜」

「どう致しまして」

「…お、おう」

「…………天真先輩?何で赤くなってるの?」

「べっ!別に何でもねぇって!!」



詩紋の燗に何故か触ったらしい天真が壁際まで詰め寄られているのを視界の隅に捉えて。


あかねと眼が合えば、「天真くんが無事でよかったね」とうっすら涙ぐんでいた。



良かった………か。



「おやすみ、あかね」

「また明日ね」








外は真っ暗で、明かりなど何も無い。

月と星が存在を主張している。




輝く星は眩く、でも手が届かない清らかな存在。

私の世界の小さな星とは違って、今にも降りそうで、手を差し伸べれば掴めそうで……掴めない。





「――今宵は、冷たき光を放つ星夜」

「………貴方は!」



気配など無かったのに、一瞬で強烈な気と共に眼前に現れた男。

続ける言葉も無く立ち尽くした。


――――『侵入者』


誰か呼ぶべきだと思い、そう言えば頼久さんはまだ近くで警護している筈。

息を吸い込んだ時、耳に触れる低い……愉悦を宿したつややかな笑い声。


「無駄だ。私の結界を破壊出来る者など、今の京には居らぬ」

「結界…?」

「龍神の神子を待っていたが。二度もそなたに邂逅するとは………そなたはやはり、私と遭う宿業らしい」



くつくつと、肩を震わせる男に、今夜は不気味な仮面が無かった。




「………」





人間離れした美貌には、月さえ凍りそうな冷たい瞳が似合っていて。


「星の光など、容易く闇に溶けるもの。……そなたもそう思わぬか?」



………紅の衣装が、血のように禍々しくて























血が騒いだ。

















ねぇ、不思議だね。

人は何処が違っても結局、人。

あなたも私も変わらない。


運命に用意されていたシナリオ通りに進むしかなくて。


初めから私達は役割を担った人形。




如何に絢爛に、盛大に、涙を誘い

演じるかを求められていたんだね。









→→Next・SYURI
(ブラック詩紋降臨(笑))




 
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