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福原に源氏が来た。

‥‥‥いや。正確には、和議の名目だが。


和議を結ぶその為に鎌倉から源頼朝の名代としてやって来たのは、その正妻。
御台所である北条政子だ。

それほどの大人物がやってくるのだ。



立場上彼女が単身で敵陣にやって来る訳にはいかないから、勿論兵を引き連れての事。
だが、たったの一軍に過ぎない。
今の平家が総力を上げれば勝てる数‥‥‥怨霊も使えば。

つまり、争う為に来た訳ではないと、アピールする意味もあるだろう。



この事から、鎌倉側がいかに和平を望んでいるか。
北条政子は和議の為だけに来たのだと。

降り積もる蟠りが消えずとも、平家と源氏の間に戦が終わる。



そう、安堵して頬を緩ませるのは、経正と尼御前だった。





‥‥‥もしそうならばどれだけいいか。





戦が終われば、平家にも平穏が訪れる。


俺達は戦いでなくしたものへの代償に、新たなものを紡ぎ出していける。

それは焼失してしまった建物であったり、兵や戦に巻き込まれた多くの命。



なくしたものは二度と還らない。
だから、哀しみを抱えながら次に進むしかないんだ。


‥‥‥その事に気付けば、怨霊を生み出し続ける清盛の暴走も止まるんじゃないか?



俺自身も、そう全てを、真に願って止まなかった。


――だが、そうも言ってられる状況じゃない事もまた、俺は知っていた。




「‥‥‥一の谷か。俺の記憶が正しければ‥‥‥」









源九郎義経が一の谷の崖を突破する。

昔、歴史の授業で習った事を思い出す。



それはそのまま平家の滅亡を指していた。



そうさせる訳には勿論いかない。


何が何でも平家を、護る。
生き場のなかった俺に生きる居場所を与えてくれた、この大切なものを。




「一の谷の崖下に伏兵を」



そう告げれば、忠度殿の反対を受けた。
何故、あのような崖下に兵を割くのかと。

不穏な空気漂う中、突然現われたのは清盛。
一門の中で争うのは良くないと、総領である俺の意見に従う様に、と忠度殿に諭した清盛の眼には理知が垣間見えた。



生田には知盛を向かわせ、一の谷には義経を迎え撃つ兵を配備。

惟盛に振り分けようとすれば、


「なぜ私があなたに従わねばならぬのです?」


と言い捨てあっさり消えた。

‥‥‥解りやすい奴だ。



帝と尼御前、女房達は危なくなったら御座船にお移り頂く。
その手筈も付けた所で、俺の身体は微かに緊張し始めた。

ここ数日と頭を悩ませていた事が現実となり、今、俺に決断を迫るかの様に。











‥‥‥‥‥‥‥ゆきのことだ。











帝や尼御前は平家の人間だ。
だが、ゆきは違う。

ここに来た時「俺の妻になる女だ」と説明したが、それも名目上の事でしかない。


‥‥‥少なくとも、ゆきにとってはそうだろう。


何か目的を持って平家に来た。
そんなゆきにとって、俺と過ごす今が幸せな筈はないんだ。



今でも帰りたいと思っているだろう。


帰してやるべきだ。
巻き込む理由は本当は何処にもない。


‥‥‥ゆきの本来の居場所は、此処になく。



あいつが真に安らぎを得る場所は、俺じゃないんだ。


いつの間にか拳に力が入っていた事に気付く。
息を吐きながら緩めれば、爪が食い込んでいたのか手の平が痛んだ。


経正を眼で探せば、既に散り散りになった室に俺一人。

否。気配を殺していたのか。

平家の中でも異端な男が壁に凭れて立っていた。



「‥‥‥わりぃ、俺に用か?」

「クッ‥‥こんな時で無ければ、刀の錆にしてくれたものを‥‥‥‥‥重盛兄上は油断が過ぎる」

「その呼び方はやめろっつってんだろ。で?」

「‥‥‥‥‥あの女、何処から参ったか‥‥‥兄上は随分と面白い蝶を、飼っておられる」

「‥‥‥あの女?」



一瞬‥‥‥俺に殺気を飛ばした。
そしていつもの様に、気怠く壁に身を押しつけ眼を閉じる。


それは知盛からのメッセージなのか?

『面白い蝶』‥‥‥‥‥‥蝶、そして『飼っている』。
その意味する所は‥‥


「‥‥‥お前な。ゆきが間蝶に見えるか?」

「さぁな‥‥‥だが、面白い女には違いないが、な‥‥」



それだけ言い置き、奴は身を起こし出て行った。



「‥‥‥ははっ、ゆきがスパイ?」



知盛の事だ。
ある程度の確証がなければ、そんな事を言いはしない。

つまり、確証に至ったと言う事になる。



‥‥‥恐らくあの夜だ。



俺の留守の間にゆきがいなくなったと半ば愕然としていたあの夜。
俺に抱かれてもいいと、初めて頷いたゆきに苦しさを覚えた‥‥‥月の夜。


邸に残っていた知盛との間に一体何があったのか?



「お前がそれに気付くとはな、知盛‥‥‥」



一瞬の殺気は、警告。
恐らく尼御前と帝に近付けるなら殺す、と言う意味だろう。

平家の興亡など興味はないくせに、実の母上の事は流石に捨て置けない。
知盛らしいと言えば、奴らしい。




俺は経正を呼び、驚いた顔で止めるのを宥めて手配した。





その足で向かうのは

一時は、何を犠牲にしても欲しいとまで思わせた


‥‥‥‥‥愛しいゆきの待つ部屋だった。





足取りがこんなに重いのは初めてじゃないか?










 
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