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綺麗な寝顔。


目元に掛かる前髪をそっとかき上げて、もう一度ゆっくり見ていた。



‥‥‥‥‥‥少しやつれてる?

ふと気付いた事実に、私は思った。
そう言えば最近、将臣くんの顔をまともに見てないなって。


怖くて、眼が合えばまた無理矢理抱かれるのだと思うと、どうしても視線を上げられなかった。



‥‥‥ううん。

あのまま無理矢理抱かれたままだったら、まだ良かった。



愛がないならせめて、苦痛のままなら‥‥‥こんなに苦しくなかった。

憎んだままでいられたのに。



私の身体が快楽を知ってしまわなければ、良かったのに。




一度刻み込まれた快感はいとも簡単に憎悪を打ち崩した。




こんな人好きなんかじゃない。
好かれてもいないって分かってる。
好きならこんな、無理矢理なんてしないよね?



けど絶頂の果ての夢うつつで、頭を撫でてくる手だとか、
知盛の前で私を抱き上げてくれた逞しい腕も胸も

勘違いしそうで怖い。

愛があるなんて、勘違いしないよ。




‥‥‥なのに


なんで将臣くんの寝顔を悲しい気持ちで見てるの?


なんで今泣きそうになるの?



唇をぎゅっと噛んだら血の味がした。
このままここにいると本当に泣きそうだから、身を起こそうと‥‥‥私の上にある大きな腕を退かそうとして身を捩った。



けど、逆に強い力で引き寄せられて、捕らえられてしまう。



起きてる‥‥‥?

眼を覗き込んでもよく眠っているのか、瞼はぴくりともしない。






額に掛かる将臣くんの息がくすぐったかった。

密着する素肌に安心してしまって、そんな自分が怖かった。





お願い。

優しくしないで。
ひどいままでいて。


安心なんか与えないで‥‥‥。





『もう大丈夫だ、ゆき。俺がいる』



この人がいてくれるなら何も怖くない。


私を抱いて廊を歩く将臣くんの匂いを、

熱を

胸に寄せた頬に伝わる、力強い鼓動を


‥‥‥感じなきゃ良かった。





あれから何かが、変。

触れられた部分から、震えそうなくらいに熱くなる。






『‥‥‥‥‥‥ゆきちゃんにこんなことお願いするのは、いけないんだって思う。でも、でも‥‥‥ゆきちゃんしかいないんだよ』


熊野本宮に向かう前日に、望美ちゃんが私に大切な事を頼んでくれた。


『危険かもしれないけど‥‥ゆきちゃんにしか出来ない事なんだ。
    を助ける為に、お願い!』


‥‥‥ね、望美ちゃん。
他でもないあなたの頼みなら、聞かない訳ないよ。


『ああ、それなら平家に入るのが早いね。君と一緒にここに来た彼は、平家の還内府‥‥‥話は早いだろう?』


将臣くんと顔も合わせてないくせに、その正体を看破したのは師匠。
還内府だなんて、私ですら知らなかったのに。


『私には君の行く先に影が見える‥‥‥強い意志が無ければ簡単に、闇に囚われてしまう』


うん、分かってるよ師匠。
どんなに大変でも、私はやると決めたの。


『‥‥‥‥‥‥仕方ないね。君の決意なら、私は何も言わない』



溜め息混じりにくれたのは、一枚の呪符。
餞別だよって、くれたもの。





覚悟なんかとっくにしていた。
将臣くんがいてくれても、最後は結局一人でやり遂げなきゃいけない事も、分かっていた。





‥‥‥分かっていた、つもりだったの。







どこかで期待していた。

将臣くんが側にいてくれるなら、きっと守ってくれるって。
その『闇』の中から。


けど、知らなかった。


‥‥‥私を闇に引きずり込んだのは、将臣くんだって。

将臣くんの中にも、深い深い闇の部分があったなんて。




私の知らない世界。
そこに無理矢理、堕としたのは‥‥‥将臣くん。



このまま北の方と呼ばれて、ずるずると抜けられなくなってしまったら。そう考えるとゾッとした。







みんなの、あの人のいる場所に帰りたい。




今でもそう思っている‥‥‥‥‥‥‥はずなのにね。




















深夜の澄んだ空気に、淡い月が優しく輝く。
目的の場所へと足を動かしながら、見惚れていた。


‥‥‥久し振りに将臣くんが帰って来た時も、こんな月夜だった。
淡くて綺麗で、部屋の前の廊下から見る風景に感動していたっけ。

月明りを受けてしなやかに動く、将臣くんの素肌。
隆々しい筋肉に差し込む光と影が、彩って物凄く綺麗だった。


将臣くんの指が私の身体に火をつけて、そこから抉るような変な感じが這い上がってきて、生まれて初めての感覚に気がおかしくなりそうだった。

あの日、私は初めて絶頂の意味を知ったの。

今夜と同じ、月明りで。








‥‥‥この月を将臣くんは今

何を思って見ているのかな。








「‥‥‥やだ。こんな事を考えるなんて、なんか私‥‥好きみたいじゃない」



呟いた一言に、ドキッとした。


好きになんか、なるはずないのに。
こんな気持ちはやっぱり変だよ。



「‥‥‥臨兵闘者皆陣烈在前」



人の気配が無い事を確認して、手印を結びながら九字を唱える。

うっすらと光の膜が全身を覆って、一瞬で消えた。


これで、気配は絶てるはず。


隠形の術を使うのもだいぶ慣れた。
でも、やっぱりあまり好きじゃない。
誰かを騙しているみたいだし、何より怖い。
それに、誰にも気付かれないままだったらどうしようって、怖くなる。



「弱虫」



唇をギュッと噛んだら、少しだけ鉄の味がした。



弱虫

弱虫


一人で頑張らなきゃなんないのに、私はまだ独りが‥‥‥孤独が怖いんだ。
両親を亡くしたあの日から、私は一人でいられなくなった。



‥こんな事じゃダメだ。

気を引き締める為に深呼吸をして、前を見た。


今夜しかチャンスはない。

幸いにも将臣くんは今朝から用事で出掛けた。
そして清盛さんや経正さん、他の武将も違う用事で邸を空けた事。
私の世話してくれている女房さんから聞いた。

突然の朗報を聞いたのは昼間だったから準備をする暇なんかなかったけど、そんな事言ってられない。



「よしっ」



普段の重たい衣装ではなくて、こっそりと用意して貰った略式の女房装束。

「一度着てみたいな」ってお願いしたら、女房さんが用意してくれた。
裾を引きずらずに済むから動き回る時に便利だよね。


騙して借りた事は少し胸が痛むけど‥‥‥仕方ない。



この姿じゃなきゃきっと怪しまれるから。











潜入するの。
ここ、雪見御所の‥‥‥‥‥‥最奥に。




 
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