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「将臣くん今日はもう、やめて‥‥‥」

「‥‥‥無理」



いい加減気付け。
泣いて懇願されればされるほど、男は火がつく生きモノだって。
もっと鳴かせてやりたいと躍起になろんだぜ。


まだ慣れていないのか、上がる吐息に苦痛の呻きが時々聞こえる。


男女のことに知識もなく
まっさらだったゆき。

俺しか知らない愛しい女。


それが尚更、征服欲を掻き立てた。

















ゆきが寝息をたて始めてようやく、眠った振りを止めて眼を開ける。

視線を下に落として、胸に抱え込んでいる彼女を見つめた。
ゆきの枕はとうにない。
ここに来た初日に女房に片付けさせたから。


腕枕に、最初は首が凝っていた様だが、日を重ねれば慣れたらしい。


夜着を羽織っただけの乱れた肩。
帯を結ぶ前に疲れ果てて眠ったから、首から胸元にかけて白い肌が覗く。

至る所に付いた赤い所有の証が、痛ましく映ったのは。

その理由は‥‥‥俺自身、分かっていた。
分かっているんだ。



寝顔にいつも涙が残っているゆき。
やめて、と何度も懇願するゆき。
俺が近づくと、怯えた眼で後退る‥‥‥追い詰められた小動物のようなゆき。



全てが、
コイツの浮かべる表情の一つ一つが‥‥。


「‥‥参ったな‥‥‥病気か、俺は」


自分の胸で寝息を立てて眠るゆきを見て、苦笑いを浮かべて呟いた。


罪悪感を抱きながら、それでも手放せそうにない。
いっそこのまま閉じ込めてしまえたら。
俺しかいない世界で、俺だけを映せば‥‥‥心が手に入るのだろうか。



「‥‥んな訳ねぇのにな」


何もない広い室内に、俺の声だけが虚しかった。













「‥‥は?お前本気で言ってんのか?」

「‥‥‥‥だって」



久々に涙混じり以外の声を聞いた気がする。
と思えば、とんでもない言葉だった。

おずおずと‥伏せ眼がちにゆきが言ったのは。



「将臣くんがいない間は退屈だから‥‥」



俺がいる間は必ず一緒にいるから、いない時だけ邸内を歩く許可が欲しい。



「お前、ある意味凄い女だな‥‥」



本気で感心した。
なんと言うか、コイツはこの状態がわかっていないのか。
先日のことで懲りたのか懲りてないのか。



「だって、この前は黙って出たから心配して怒ったんでしょ‥?だから」



なるほどな、俺がこの前怒った理由が「黙って部屋を抜け出したから心配掛けた」、とでも思っているらしい。


経正と笑うお前に独占欲が暴走した結果、だとは思っていないんだな。
大体心配しただけであんな事するか、普通。


怖がって、痛がって、あんなに泣いたくせに。


どこかでまだ、素直に俺を見ていられるのかと思うと、苛立ちと憐憫と‥‥‥表現しがたい感情が胸の内を擽った。



「‥‥‥分かった。但し、邸から出るな」

「いいの?」

「ああ‥‥‥それと、あまり他の男と仲良くすんな」

「え?」



何処にも行くな
俺だけを見ていればいいだろ


そう紡ぐはずの口からは、「還内府の仕事をしてる間だけ屋敷内を自由に歩く」事を許可してしまった。


懇願の眼差しにはどうしても勝てない、中途半端な自分。
内心で自分を嘲笑った。





但し、念のために軽く釘を刺す。

ゆきは意味が分かっていないように首を捻るが、俺の気が変わっては大変だと思ったのだろう。
こくこくと頷いた。



「ありがとう」



ゆきが控えめに、けれど嬉しそうに笑った。


それだけで抑えきれない激情がこの手を伸ばす。

肩を押しその身を褥に押し倒せば、動揺して眼を見張らせる。



「‥‥‥えっ‥や、やだよ!!昼間っ‥」

「他の奴らに気付かれたくなかったら静かにしてろ」



俺の下で、涙を零しながら顔を背けるゆきを、きっと他の奴は知らない。


いつも明るい笑顔の向こう側に、行き着けたのはきっと俺だけ。








愛なのか
ただの征服欲なのか

もうどうでもよかった。


壊してもやりたいし、願いを叶えてやりたい。
この感情が何なのか。


ただ一つだけ分かるのは、
いくら抱いても決して満たされることはないだろう、ということだけ。


一方通行の、心が伴わない行為とはそういうことだと、抱いてみて初めて分かった。


















「‥‥時間、なくなっちゃう」


ぽつんと呟けば、広い庭に沈黙が走った。

いつの間にか、季節は夏の終わりを告げようとしていた。



何日、あの部屋だけで過ごしたのか。
何日、泣いて痛い思いをしたのか分からない。



時間がないの、望美ちゃん。
もうすぐあなたが言っていた時期が来るんだと思うと、早くしなきゃって焦る。

何の為に平家に来たのか。

望美ちゃんとの約束があったから、師匠に相談してここに来たのに。



望美ちゃんの力になりたかった。
望美ちゃんがそれ程にまで心配するなら、あの人を助けなくてちゃって一大決心をしたの。

なのに、ねえ。



どうしてこうなったの?



「‥‥‥‥弁慶さん‥‥」


名前を呟くと、胸が痛んだ。
初めて、無理やり身体を奪われたときに浮かんだのは弁慶さんで、
救いを求めたのも弁慶さんで。
今さらながらに惹かれていたんだと気付いてしまった。


「でも、もう‥‥‥会えない」


もう、顔向けなんか一生出来ない。

あの優しい笑顔を、私はもうまっすぐ見ることが出来ないんだ。

私はもう、お日様の下を歩けない。
何も知らない振りをして笑えないよ。





‥‥‥慣れない行為のお陰で身体中が痛い。
身体中が違和感だらけで、自分のものじゃないような気がする。

悔しくて唇を噛み締めたら、血が滲んだ。


こんな風に乱暴にする、将臣くんを‥私は‥‥‥




憎んでいるんだ。




「あれは‥‥?」



当てもなく廊を歩いてふと気付くと、視界の隅に飛び込んだ。


何だろう?と意識を傾ければ、庭で男の人が話しこんでいる。
茶色の髪に烏帽子をかぶっているのは、さっきから探していた経正さんだろう。


他には後姿しか見えないけれど、紫色の着物に緩やかなウェーブの長髪の人がいる。
背格好や烏帽子をかぶっているところなんかから、男の人だと分かる。

何の話をしているのかな、深刻そうだけど。

邪魔しちゃ悪いよね、と思ったけれど気は焦っていた。
今を逃せば次はいつ将臣くんが不在になるのか分からない。


丁度、紫の着物の人と別れて、こちらに歩いてきたのを見て、一歩、足を踏み出した時だった。



「‥‥‥何を、している」


低く、這うような声がしたのは。


「あの、私は‥‥」


振り向いた私の眼に写るのは、銀色。


「重衡さん‥‥?」










忘れていた恐怖が

私を、突き動かした。







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