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キス以上の事がないとホッとしたのかは分からない。
最近になってゆきの強張る肩が、幾分和らいだ様に思う。
抵抗する事がなくなった。




「ゆき‥‥‥」

「‥‥っ」



ただ何度やっても慣れないのか。
名前を呼ぶ度に肩がびくっと震え‥‥‥固く眼を閉じる。

それはまるで、目の前の俺を認めまいと足掻く様に見えた。




そんなゆきに腹を立て、息苦しい程激しく口内を蹂躙していった。















‥‥‥湧き上がる怒りに似た感情は何処に向かうものか。
俺を映さないゆきになのか。
それとも、こいつが無意識に名を呼ぶあの男にか。












そして今日もゆきは眼をきつく瞑る。

閉じるのでなく、現実を否定するように‥‥‥瞑る。




「眼ぇ開けろよ」



掴んだ肩から再び緊張が伝わった。
怯えの気配。




仕方ねぇ、と湧き上がる舌打ちをどうにか堪え
また、ゆきに顔を近付ける。




応える事のない、一方的に犯すだけのキス。


なのに、快感で溶けそうになるのは‥‥‥‥‥‥多分俺だけ。

お前の眼にはいつも、うっすら涙が滲んでいたから。





















もう、限界だった。

お前が墜ちるまで‥‥‥‥‥‥待てそうにない。

今直ぐ全てを欲し、その情を堪えるのは





一種の拷問。
























夜に紛れてゆきが逃げ出したりしない様に、腕に閉じ込め眠る。

それも日常と化していた。
こいつの小さな身動ぎひとつで眼が覚め、また腕に強く閉じ込める。



お陰であまり眠れない日々が続いたが、それでも良かった。







目覚めた最初に眼にするのが、愛しい寝顔だと言うのに。
満たされた気分とはいつも程遠い。

‥‥‥俺に、余裕がないからか。








そしてとうとう気たるべき時が来た、のかも‥‥‥しれない。






いつもの様に目覚めると、心地よい重みがなかった。
薄靄の掛かった頭でぼんやりと巡らせる。



「‥‥‥ゆき?」



まさか‥‥‥逃げたのか?

一気に覚醒した意識と身体。

飛び上がる様に上半身を起こすと、辺りを見回した。




部屋の隅に畳まれているのは、薄桃色の夜着。
眠る時にゆきが着替えていたもので、逆に普段着ている衣服がなかった。


「‥‥っ‥‥‥」



逸る心音
猛る鼓動


着替える時間すら惜しい俺は、夜着のまま部屋の外に飛び出した。




途中で夜具と文机を仕切る几帳を蹴飛ばした。
ガタンと大きな音を立てたが、気にする余裕はなかった。



「還内府様!物音が‥‥‥」


廊に出た所で物音を聞き付けたのか、一人の女房が駆け付ける。


「なんでもねぇ‥‥‥‥っと」


そういえばこの女房は、清盛が俺の許婚の世話係に付けられたっけな。
ふと思い出した。



「それより、ゆきを見なかったか?」

「北のか‥‥‥ゆき様で御座いますか?」



北の方、とゆきの事を呼ぼうとして言い直した事に、引っ掛かりを覚える。
まだ正式に華燭の典を済ませて夫婦になっていないから、と思い出したのか。

‥‥‥それにしては不自然だと思いながらも、この時は余裕がなかった。



「‥‥‥確か、西の対屋で御声を耳にした様に思いますが‥気の 「サンキュー」」


気の所為では御座いませんか。


と続ける声に被せる様に礼を言い、西の対屋に走った。



何故、ゆきがそこに居るのか。
何故ゆきは、俺の元から逃げ出したのか。



行きたい場所があるなら俺に一言告げればいいんだ。

邸の中なら、何処にだって連れて行ってやるのに。












‥‥‥こんな俺だから、
あいつは頼れなかったのに。

それすら気付かない俺は、最初から狂っていたのかもしれない。



力で、ゆきの全てを手に入れようとした、俺は。



















西の対屋はそんなに離れてる訳じゃない。

少なくともあいつがそこにいると言う事は、逃げ出そうとした訳でもない。
何故なら俺達の部屋から言えば、そこは邸の門とは正反対に位置するからだ。



ただ、散歩に出向くには不自然な場所。
庭に出たいなら、部屋の前の廊を降りればいい。
邸の中で最も庭景色の映える一室を、わざわざ用意したのだから。



なら、一体なんであいつは‥‥‥。




渡殿を不振に思われない様に足速に歩きながらそこまで考えて、苦笑した。

‥‥‥どこまで追い詰めた考え方をするのか、俺は。
この広い邸で、たまたま迷子になってるだけかもしれないのに。












だが。












「‥‥‥‥‥‥で‥‥‥‥すか?」

「ええ‥‥‥‥は本当に‥‥」




明るく澄んだ声を聞くことが
久し振りだと気付いた。



曲がり角の向こうから、弾ける笑い声がする。




もう一つの声の持ち主と同時に











ゆきの笑い声。






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