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あなたの側は



楽園にも似た―――








To the Last Drop








「まぁ‥‥‥!ゆき様、よくお似合いです」

「‥‥あ、ありがとう」

「還内府様も今のゆき様のお姿をご覧になれば喜ばれましょう」

「ええ、あまりにもお綺麗でございますから」

「あははは‥‥」



女房が着付けてくれた正装、つまり十二単はとても綺麗。
正確には十二枚も着てないけれど、夏だし。

薄く透けた衣を上から羽織れば青い重ねで、見た目には涼しげなんだけど。



‥‥‥とてつもなく重い。
そして、とんでもない暑さ。



普段慣れてない私には、この衣装は拘束着みたいだった。
着せられただけで疲れ果てた私。
褒めそやしてくれる声に笑うだけで精一杯。


こんなのを毎日着て仕事している女房の人達って凄い。
尊敬するよ、本当に。


なんて心の中で密かに感心していた時、こちらに近付く足音が聞こえた。



「失礼。尼御前からゆき殿のお迎えを申し付けられましたが」



御廉の向こうから落ち着いた低い声がする。

それは、いつも優しい兄みたいな人のものだから、何だかホッとした。



「経正さん!どうぞ」

「失礼致します‥‥‥‥‥‥ああ」



緩やかな動作で御廉を捲り上げて入ってきた経正さんは、私を見て目を細めた。



「これはこれは美しい。普段のゆき殿もお可愛らしい方ですが、今宵のお姿は‥‥‥‥‥還内府が羨ましい限りですね」

「あはは、ありがとうございます」

「手中の珠を他の男に見せたくないと言う、将臣殿のお気持ちが分かります」

「経正さん‥‥‥」



言葉はあったかくて嬉しくて、これから平家の宴会に出席しなきゃなんないブルーな気持ちも少し癒された‥‥‥気がする。

でも、でもね。



「もう脱ぎたいです‥‥暑いし重すぎる、この衣装‥‥‥」

「そのように恥ずかしがられずとも、よくお似合いになられます。さぁ参りましょう。皆、今宵の主役を待ち侘びておりますから」



恥ずかしがってるんじゃなくて本当にしんどいんだってば!


‥‥‥なんて叫びは、

「平家の行く末を担う華燭の典の前に、ゆき殿を案内することが出来るのは光栄です」

という上機嫌な言葉の前には意味を成さなかった。












そう。

今夜、私は‥‥‥



あの人の妻として、皆にお披露目される。



















「‥‥‥ゆき殿、先触れの挨拶をしてまいりますので、此処で暫くお待ちください」

「あ‥‥‥はい」



まさに『裾を引き摺って』歩いた。
普段から宴に使用されていると言う大広間は、この衣装では拷問ってくらいに遠かった。



「笛の音‥‥‥敦盛くんも来てるんだ」



経正さんも居なくなった廊に遠くから聞こえる優しい調べ。
それは密かに緊張していた私の胸に染み入って、安心させてくれた。


‥‥‥今夜、私は将臣くんの花嫁として、皆の前に披露される。


和議が結ばれた桜の季節から数ヶ月。
今は十二単が自殺行為だと感じるくらいに暑い時期。

平家に来て、彼の「モノ」になってからだともうすぐ一年になる。

一門の皆とは既に仲良くなってる中で、どうして今更こんな宴をするのかと言えば‥‥‥。



「‥‥‥‥‥ゆき?」

「あ‥‥‥弁慶、さん‥‥」

「和議の時も話が出来ないでいたので‥‥こうして会うのは久し振り、ですね」



廊で出迎えを待つ私に、近付いてきたのは

‥‥‥一年ぶりに会う人。




そう、今日は後白河法王の名代や源氏の人達も交えての宴だ。
尤も鎌倉から頼朝が来る訳ではなく、名代として総大将の九郎さんが来るらしいんだけど。
九郎さんが来るということは当然‥‥‥弁慶さんも、一緒に来るということ。



「‥お久しぶり、です。あの‥‥‥ごめんなさい」



穏やかで女の人みたいに綺麗で、優しいこの人の顔を見た途端、私の胸がずきんと痛んだ。
‥‥‥咄嗟にでた謝罪の言葉が、今の弁慶さんとの距離。



「‥‥‥ごめんなさい、ですか。謝ることなんてあるんですか?」

「約束破って、ごめんなさい‥‥」

「‥‥‥」



去年の夏、熊野本宮に行く前夜。
「平家を滅ぶ運命から救うのを手伝って」と望美ちゃんにお願いされた私は、託された想いの深さに心を打たれるまま聞き入れた。

私の力が必要だと言われて舞い上がって、だから別行動すると言った将臣くんについて行くことを決めた。


『くれぐれも無理はしないで下さい‥‥‥ゆき』
『はい、京邸に先に戻って‥‥‥待ってます』
『ええ。僕達も用が終わればすぐに戻りますから』


手を握って約束を交わしたあの日。
果たされることがないまま、再会するのが今日になったから。



「ゆき‥‥顔を上げてください」

「弁慶さん」

「君の事情を僕は知りませんが、君の性格ならよく知っているつもりです」



きしり、と廊が音を立てる。
弁慶さんが一歩私に近寄った音。

俯いたままの私の顎を持ち上げる指先は、とても繊細で綺麗だった。



「君は約束を破る人ではない。必ず守る人でしょう?自分の意思の及ばない場合ならともかく」

「そんなこと‥」



ああ、弁慶さんは分かっているんだ。
私が帰れなかった訳を。

‥‥‥あの人に捕まってしまったんだと。



「‥‥‥ゆき。今からでも遅くはありませんよ。このまま一緒に帰りませんか」

「‥‥‥へ?」

「君が望むなら、ここから連れ出してあげます」



穏やかに微笑む弁慶さんを見ながらぶり返すのは、平家に来てから気づいた咲き掛けで萎んだ想い。



「君は気づかなかったのかもしれませんが、僕は君が好きでした」

「‥‥‥は?え?‥‥ええっ!?」



とんでもない一言に眼を思いっきり見開いてしまった。
そんな私に弁慶さんは苦笑する。



「ですから、君がその気ならこのまま‥‥」






「ゆき」






弁慶さんの言葉は最後まで綴られることはなかった。

割り込んできた声と同様、力強く後ろに引かれたから。




 
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