(1/1)


 




強引に手を繋ぐ。



「将臣くん‥‥‥」



ゆきが戸惑うが無視をした。

本宮の近く、山道をとうに過ぎている。
京に続く街道。
足元が悪い訳はない。

だからこいつは、手を離してくれと言うつもりだったんだろう。

手を繋ぐ口実をいちいち告げるのは面倒だった。


代わりに口を突く言葉は、きっと追い詰めるものになる。


「‥‥‥‥‥‥お前」

「なに?」

「譲はもういいのかよ」



ゆきが息を飲む気配。
まさか、ここでこんな話題が出ると予想もしていなかっただろう。



「うそ‥‥‥知ってたの?」

「‥‥‥あのな‥‥バレバレだ。まぁ望美も譲も気付いちゃいないだろうけどな」

「そ、か‥‥‥良かった」


あんな眼でずっと譲を見ておいて、気付かれていないと思う辺りが、ゆきらしい。

ホッと胸を撫で下ろすこいつを不意に抱き締めたくなったが、止めた。
ここで警戒させるのは得策じゃない。


「うん。もう、吹っ切れたよ」


へらりと笑う。
どうやら無理して言っているのではなく、本気で吹っ切れたように見える。










その理由を考えると、吐き気がした。













「許婚が出来たしな」

「えっ?‥‥‥っ!?ち、違うでしょっ!!あ、あああれは私を助ける為に弁慶さんが!!‥‥‥‥‥‥っ」



顔を真っ赤にしてその名を呼ぶゆきに苛立ち、繋いだ手に力が入った。



「いたっ‥‥‥」

「ああ、悪い」



謝れば、きょとんとした眼が訴えてくる。
何故、力をいれるの、と。

どうやらこいつは本当に、無自覚な好意を抱いているらしい。
あの男に。



この事実に追い詰められたのは、ゆきじゃなくて俺だと思い知った。



「そういや、お前の行き先はどこなんだ?」

「一条だよ。師匠に用事があるの」



そう。
ゆきは陰陽師だった。
すっかり忘れてしまうのは、普段のこいつはただの非力な女だからだろう。

だが、熊野川の怨霊に向けて放った赤い炎は、詳しくは知らない俺にすら、生半可ではないものを感じさせていた。



「お前も色々大変だな。ま、一条ならついでだ。送ってやるぜ」

「いいよ、将臣くん。悪いから」

「そんな事気にすんな、ついでだついで。お前だって本宮で待ってくれただろう?」



望美達と別れてすぐ、平家の還内府として、熊野別当への面会を求めた。
源氏との戦に勝つ為には熊野水軍の力が欲しい。
そう助力を求めたが、はかばかしい返事はなかった。


‥‥‥その間ゆきは通された別室で俺を待っていた。

『お疲れ様、将臣くん』

迎えに行った俺に何も聞かずに笑って。


あの瞬間に全てが決まった。
後は手を考えるだけ。






「女一人だと物騒なのは、どこも変わらねえしな」

「‥‥‥‥‥‥うん、ありがとう」



俺の真意など知らず、ゆきは嬉しそうに笑った。


















「‥‥‥随分と寂れてんのな」


一条の土御門邸は古くから建っているのか、所々朽ちていた。
六波羅で隆盛を誇っていた頃の平家の邸とは比べ物にならないほど。



「‥‥‥っと、悪い」



思わず漏れた素直な感想。とっさに謝ると、ゆきは噴き出した。


「あはは、そっか!将臣くんは知らないんだったね」


何を?
俺が聞く暇もなく、ゆきは一枚の札を取り出す。

目を伏せ、軽く唇を札に当てるゆき。
小声で呪文を呟く姿は確かに陰陽師だった。





凜と、一本の筋が通った様なゆきを今までに見た事がない。
元々俺達がいた世界でなら、こんな姿を見る事など出来なかったはず。

まぁ、あっちではゆきへの気持ちに気付いてなかったけど。



「はい、いいよ‥‥‥って、将臣くん?どうしたの?」

「あ、ああ‥‥何でも‥‥‥‥‥‥‥すげ‥」


終わった、と顔を上げるゆきと眼が合った。
見惚れていた事を誤魔化す為に眼を逸らし、驚いた。

そこには古びた邸は何処へやら、シンプルだが意匠の凝ったであろう門構えの立派な建物。




「びっくりした?泥棒避けなんだって。中にも色々仕掛けてあるんだよ」

「トラップかよ‥‥‥景時やお前で見てたけど、陰陽師って凄いのな」

「あはは、私達は普段あんまり術使わないけどね。
でも‥‥‥安倍晴明の生きてた頃は、もっと凄かったって」



門の内側に何があるのか。
興味を持ったのは言うまでもなかった。











「折角送ってくれたし団子屋で奢るから待っててね」



と言い置いて、ゆきは屋敷へと消えた。



ここで待ってて、と指定された濡れ縁に腰掛ける。



「ははっ‥‥‥」



渇いた笑い声。
それほどに、邸の中の空気に重圧を感じた。
まるで四方八方から見張られているように、突き刺す気。





庭には色とりどりの花が満開だった。
その事自体に不思議はない。
花が好きな奴なんかいくらでもいる。
平家にも花や風流を好み過ぎる、一風変わった男がいる位だから。


満開の花にさして不思議はない。
‥‥‥ただ。



「梅と紫陽花とコスモスと椿って何だよ。季節お構いなしじゃねぇか」



春夏秋冬、全ての花が咲き誇っていたら、さすがに驚く。

八葉が神子を守る為に特殊な力を持つ様に、陰陽師にも素質さえあれば五行の気を詠み様々な事が出来る。


「便利なもんだな」

「何が?」


突然背後から響く声に驚き振り返った。


気配は全くなかった‥‥。


「ゆき、お前‥‥‥」

「驚かせてごめんね!ここに入ると気配消すって師匠との約束なの。
でなきゃ後ろから束縛掛けられたり、結界に閉じ込められたり、火を放たれたりするんだよ」

「‥‥‥‥‥‥お前の師匠、バイオレンスだな」

「うん。たまに本気で腹が立つんだよ。修行の時はいつ死んでもおかしくない位にボロボロになるから」



サラッと言っているが、内容はとんでもない事ばかりだった。










京に来てからのこいつも、決して苦労せずにいた訳ではない。
今の言葉でも充分に伝わる。

抱き締めたいと願った感情を、何と呼べばいいのか。
今の俺には分からなかった。



「‥‥‥もういいのか?」

「それが‥‥‥‥‥‥」



困ったように視線を逸らして、ゆきは暫く俯いている。

何か重要な言葉を言いあぐねている、そう取れた。



「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥あのね」

「何だよ」










そして、ゆきから紡がれる言葉に
眼を見開いた。








「ゆき、疲れたか?」

「ううん。もうすぐだよね、大丈夫」



福原に着いたのは、残暑の厳しさの過ぎたある一日。
だが、京ならばまだ暑いはず。


「涼しくなったね」

「ここは冬になると雪に覆われるからな。
‥‥‥それよりも、ゆき」

「うん」

「本当にいいんだな?」

「‥‥‥うん。師匠の言うことに間違いないって信じてる」






土御門邸で、陰陽術の師匠と話した後、ゆきが言ったのは

『お願い。平家の邸に連れて行って』

だった。

驚くのも当然。


一体何を話し合ったのか。
ゆきの本意を探るべく、暫く睨みつけるように見ていたかもしれない。

だが、普段は豊かに顔に現れる感情は読み取れず、代わりに切羽詰った眼差しが訴えてくる。







何も聞かないで、と。









こいつが今、何を思って俺の隣に居るか分からない。
だが、好都合といえるこの状況。


希望通りに何も聞かず、代わりに善は急げ、とばかりに出立した。
望美達に伝言を許す暇さえ与えずに。




「‥‥‥一つだけ、約束してくれないか」

「うん、何?」

「今の平家は不安定だ。そんな中でお前の言う事をまともに耳を貸す奴なんかいねぇ。
‥‥‥だから、俺に全てを任せてくれ」

「うん‥‥わかった。確かに私が説明するのは大変かもしれないもんね」

「ま、そういうことだ」



そう言って、頭を撫でてやった。

高校で知り合った時から、そうしていたように。

学校では毎日のように。
京で再会してからも、機会があれば何度もしていたように。

自然にゆきに触れるのは、これが精一杯だった。
ゆきはくすぐったそうに、眉を顰める。
その眼に浮かぶのは、純粋な好意。
そして信頼。



尚も強く頭を撫でると、「痛いっ」と言いながら頭上の腕を掴んだ。
力を抜いてやる。
ゆきは俺の腕を頭上から引き剥がすと、下に降ろした。
だが離そうとせず、ぎゅっと握り締めてくる。


「ゆき?」

「‥‥‥何も言えないのに、無理を通してごめんね」

「いや‥‥‥謝るな、友達だからな」

「うん、ありがとう‥‥‥」


謝るんじゃねえ。
いつか、謝るのは俺のほうかもしれないから。




















「重盛。この娘は何だ?」


ゆきを連れて雪見御所に帰還した。
そのまま、恩人でありこの世界の義父となる平家の頭首の元へ。

「うそ‥」と微かに唇を動かすゆきの頭に手を置き、安心させるようにまた撫でた。
ホッとしたのか。
肩が下がるのが見て取れた。


そこに、平清盛からの先程の問い。


「重盛。そこの娘は誰だ、と聞いておろう」



「ああ‥‥‥

俺の妻になる女だ」



「‥‥‥え‥‥‥‥‥?」



よほど驚いたのか、隣で固まっている気配がする。

咄嗟に否定しようにも、「俺に任せろ」との約束が浮かんだのだろう。
横目で見ると、躊躇っている様子。





「面白い冗談を言う様になったな、重盛」


清盛が笑う。
ハナから本気にしちゃいない。
まぁ、突然女連れで帰ってきたと思ったら『妻』だと紹介するんだから、当然か。





「冗談なんかじゃないぜ?」




徐に片膝を付き、隣に身体を向ける。
眼を不安そうに揺らしているゆきの眼を正面から捉えた。
頬に手を当てると、ビクっと震える華奢な肩。
何が起こるのか、分かっているようだ。


「ゆき‥‥‥」

「まさお、」




言葉を吐かせる隙も与えず。
唇を塞ぐ。



「んんっ!!」


必死に閉じようと抵抗するゆきの口を、舌でこじ開けた。


僅かに開いた隙間に舌を差込むと、尚も抵抗し突っぱねようとする。



見物している清盛達にバレないように、抱き締めるフリをしながら身体を拘束した。






「‥‥ん、‥‥‥‥‥」






「もうよい重盛、その娘を平家の一員と認めよう。部屋に戻るがいい」



清盛の呆れた声が広い一室に響く頃。
ゆきの身体から完全に、力が抜けていた。












通された寝室は、一つだった。

この時代、夫婦でも寝室は別だから、これは異例のこと。
もっとも、そう手配したのは俺自身だけどな。



「なんでっ‥‥‥」



じわっと涙を浮かべながら、ゆきは俺の胸倉を掴んだ。



「ゆき、お前の目的は聞かない。けどな、平家にいたいならこれが一番手っ取り早いんだ」

「でも、だからってあんな事!!」

「悪い。証拠見せたほうがいいと思ってな」




悪いと思っていない。
幼稚すぎる嘘。


そしてもう一つ、気付いた事実を口にする。



「お前もキスが初めてって訳でもないんだろう?」

「!!何でそれを‥‥‥」


馬鹿が付くほど正直なゆき。

自らの発した言葉が俺を駆り立たせるとも気付かない。


「眼、閉じろよ」

「やだ」


それでも触れるだけのキスをした。
泣きそうなゆきの唇に、一瞬の隙を突いて。



「ま、将臣くん!?」

「ははっ!これくらい挨拶みたいなもんだろ?」

「なっ、ち、違うよ!!」


真っ赤になって怒るゆきは今、確かに俺だけ見ていると実感できた。








‥‥‥せっかく飛び込んできたんだ。


ゆっくりでいい。

今は無理やり抱いたりしない。







そう。
お前の中からあいつを消して




ゆきから抱いてと懇願するまでは






The Extermination
消し去ってしまえ



  

   
BACK

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -