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『あ〜っ!やっぱり!!』
声を聞くまで、それがゆきだと気付かなかった。
一年も経っていないのに、記憶にある姿よりも、ずっと綺麗になった。
満面の笑顔で駆け寄ってくる。
『久し振り!マッチ!!』
『まだマッチとか言うかお前は!!』
『いいじゃん!マッチなんて爽やかな名前を付けて貰って、ありがたいでしょ?』
『全然有り難くなんかねぇよ』
熊野で久しぶりに会ったお前は、綺麗になっていた。
誰かの為なのか、考えるだけで黒いものが渦を巻く。
お前の隣にはあのいけ好かない男が、当然のように立っていた。
ゆき自身も気にしているのか。
ふと気付くといつも眼で追っていた。
お前が好きなのは、譲じゃなかったのか?
譲なら安心だった。
昔から望美しか見えてない。
クラスメイトだったゆきの好意にすら、気付いてもいない。
そしてゆきもそれを分かっていたから何も言わないでいた。
だけどな、知らない間に『他の男』なのか?
その眼が俺を映さないなら、いっその事‥‥‥。
「ゆき。俺と来ないか?」
本宮に入る前、初めに宣言していた通りに別行動を切り出した。
ゆきは俺の素性にうっすらと気付いている。
心配そうに見上げる眼に、つい一言。
来る訳がないと分かっていた。
今更だ。
こんな状況の平家に連れて行ける訳もない。
本来の立場が、ゆき一人だけ守る事を許してくれやしない。
…頭では理解してるけどな。
案の定、お前は驚いていた。
「馬ぁ鹿、冗談だ」
こう言って、ゆきの頭を乱暴に撫でてやる。
本音だと気付かれないように、誤魔化してしまえばいい。
お前の中に些細な疑問という記憶だけが残る位なら、初めから何もない方がいいんだ。
いっそ断ってくれれば楽になる。
そう思っていたけどな。
‥‥‥なのに、お前は。
「私、行くよ。将臣くんと」
決して俺に惚れている訳ではない。
分かって、いるんだ。
「‥‥‥を助けてあげたいから」
紡ぎ出された言葉は謎。
誰の事なのかも。
それすら気にならなかった。
突然の事に驚く一行に鮮やかに笑ってゆきは言った。
「ちょっと師匠に頼まれた用事があるから‥‥‥すぐに帰って来ます。ダメですか?」
ゆきが首を傾げる相手が何故コイツなのか。
気に食わねぇな、やっぱり。
「でも、将臣殿を信用していない訳ではないけれど、年頃の男女が二人でなんて大丈夫かしら‥‥‥?」
「大丈夫だよ、朔!将臣くんはそんな人じゃないよ」
「兄さん、春日先輩の信頼を裏切るなよ?」
渋る朔に援護するのは、望美。
その望美はこの前の夜、ゆきを連れて行けと泣いていた。
「あのな‥‥‥当たり前だろ?誰がゆきに手なんか出すか」
「‥‥‥だったらいいけどさ」
譲。お前そんな所で鋭いなら、もっと自分の事に敏感になれ。
「‥‥‥‥‥‥将臣くん。分かっていますね」
それまで一言も発しなかったこの男が、静かに口を開いた。
口調とは裏腹に、眼が威圧している。
手を出すな
「‥‥‥‥‥‥ああ」
俺が頷くと、奴は次にゆきを見た。
「くれぐれも無理はしないで下さい‥‥‥ゆき」
囁く様にゆきの名を呼ぶ。
頬を紅くして、ゆきも笑って‥‥‥男の手を握った。
「はい、京邸に先に戻って‥‥‥待ってます」
「ええ。僕達も用が終わればすぐに戻りますから」
そいつの手に小さく収まるゆきの手。
引き剥がしたい衝動に駆られたが、堪えた。
‥‥‥今ここで愚行に走れば全て壊れる。
本宮の敷地に消えて行く望美達の背中を、ゆきはじっと見送った。
いや、お前が無意識に切ない眼をして見ているのは、一人の背中。
「将臣くん、行こうか?」
「そうだな」
手を出す。
躊躇うゆきに苛立って、無理矢理繋ぐ。
「ま、将臣くん?」
「足元が危ねぇだろ?望美に頼まれたからな」
「あ‥‥‥ありがとう」
戸惑うゆきを見てると苛々した。
あの男には嬉しそうに笑うくせに。
「じゃ、行くか」
「うん」
お前の目的なんか知らねぇよ。
ただ俺の事しか考えられなくなる様に、仕向けてみせるさ。
「‥‥‥お前、このまま俺の所に来るか?」
「あははは!何言ってんの将臣くん!」
熊野の深い森に響く、高らかな笑い声。
ゲームの始まりだ、ゆき
I know, my dear
問うことの愚かしさ
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