(1/4)

 



その小さな身体は諦めることを知らないように、いつも精一杯手を伸ばしていた。

切なさと愛しさを込めた眼でそっと追う先の、譲を羨ましいと思い始めたのはいつからだろう。


お前が思う相手が俺だったら。
俺だったなら、そんな思いつめた顔はさせないのに。
笑わせてやるのに。


ずっと守ってやりたいと思ってきた。


それが壊れたのは、あいつが譲を吹っ切って、新しい恋に目覚め始めた時。



ただ単純に、あの男なのが許せなかった。
何で俺じゃないんだよ。

泣かせてでも欲しいと思うのは恋なのか、執着なのか。

‥‥‥その全てが混ざり合ったものなのか。



今となってはどうでもいい。

傷つけて奪って散々泣かせた分、この世で一番幸せにしてやりたい。


それでも俺を好きだと言ってくれたお前は、俺にとって至上の存在だから。










庭に立ったゆきが『師匠に貰ったスゴイ札』を掲げた。

正面に立つ俺にも聞こえない、小さく呪文を唱える。


‥‥‥そういやこいつは火の属性だったな。


そう思ったのは、呼び出された式神が見事なまでに火を纏った鳥だからだ。



「‥‥‥火傷したらどうすんだ」

「大丈夫!この火はこっちの世界のものじゃないからね。熱くないよ」

「しっかしまぁ、こんなもん呼ぶとはお前って凄いんだな」



その式神の姿はまるで‥‥‥朱雀。



いくら師匠手製の札が強力だと言え、これだけの式神を生み出すなど普通じゃない。
陰陽術なんかさっぱりな俺でさえ鳥肌が立つ程の霊気を感じた。



「‥‥‥って師匠が言ってたけど、ほんとに熱くないのかな?」

「‥‥‥‥‥‥」



‥‥‥実力に言論が噛み合ってない辺りがゆきらしい。

そう思おうと、この時決めた。









屋島の空は黒雲に覆われ始めていた。

まるで、これから起こる事を演出するかの様に。



「‥‥で?」



簡潔に一言。
ここからどうするか問いかける。



「う〜ん‥‥‥どこにあるのかな?さっぱり分かんない」

「‥‥ま、そんなこったろうと思ってたけどよ」

「‥‥‥呆れた?」

「んな訳ねぇだろ?」



ホッとするゆきの肩は、小刻みに震えていた。


‥‥‥俺がいる。


緊張している小さな肩を引き寄せて、抱き締める。



「凄い気‥‥‥クラクラするよ」

「色々敏感なのも大変だな」

「うん‥‥へ?色々?」



色々の意味が分からないと、見上げる顔にハテナマークが浮かんでいる。
そんなゆきの耳元に唇を寄せて、吐息といっしょに囁いた。



「‥‥‥俺の下で鳴くお前も、敏感だよな?」

「なっ‥‥バカ!!」



少しでも恐怖が薄れるといい。
案の定顔を真っ赤にしたゆきは、笑い転げる俺の鳩尾に肘鉄を食らわせた。



「じゃ、行くか?」

「え?だから場所が‥」

「もし清盛がここに大事なモンを隠してるんなら、心当たりがある」



奥の海岸沿いを進み、知らぬ者には簡単に見つからない場所。
そして黒龍の逆鱗が大切に奉られている場所と言えば‥‥。


舞台と呼ぶ祭壇の、近くの祠だろう。


手を差し出せばしっかり繋いで来る。
身を切りそうな緊迫感が互いに多くを語らせなかった。
だが‥‥ゆきが今何を考えているのか伝わる。


何故なら同じだからだ、俺も。



緊張と決意と、

胸に灯る希望。








屋島の奥に位置する、舞台。

『舞台』とは実際に舞台の形をしているからそう呼ぶ。
かつて此処で平家安寧祈願をした時、惟盛が舞を奉納したこともあるらしい。



「待って。かなり強力な結界があるから」

「結界か。ま、大事なモンをその辺に置いたりしないか」



上がろうとする俺の袖を引いて止め、ゆきは眼を閉じた。


風が強く吹く。

その音の煩さに上手く聞き取れないが、何か術を唱えているんだろう。
両手を複雑な形に組み始めた。



「‥‥‥?」



キラリと、舞台を挟んだ向かい側の祭壇から光が生まれたのはその時。
まるでゆきの呼びかけに答えるかのよう。
ゆきが手を組み変える度に、それは光を反射するガラス細工の様に輪郭を露にする。

祠を覆う球体のガラスが完全に見えた。
次の瞬間それは、硬質な音を立てて破裂する。



「‥‥よしっ!」



突然ガッツポーズをするゆきを見下ろせば、こちらを見上げてにっこりと笑顔を浮かべた。



「結界、解けたよ」

「‥‥マジかよ。すげぇなお前」



本当に陰陽師ってのは不思議だ。
それとも、ゆきの力がずば抜けてるのか?

素直に感嘆する俺の前で、胸を張ったゆきは誇らしげに言った。



「お父さんも陰陽師だったから‥‥だから、私の力はお父さんから貰ったの」

「そうか。じゃ、優秀な陰陽師だった親父さんに感謝しねぇとな」

「うん!」



かつて事故で両親を亡くしたゆきにとって、父親から貰った力がどれ程誇らしいのか。

きっと俺の知らないことは幾らでもある。



「ゆき。全部終わったら、一杯教えてくれよな」



お前のこと、もっと知りたいんだ。



「ん‥‥‥私も、将臣くんのこと、知りたい」



再び手を繋いだ。
緊張も解れたのか、ゆきの頬が柔らかく緩んでいる。



「じゃ、行くとするか。姫君?」



ヒノエの物真似をして笑わせた、その時だった。









「そうはさせぬ」








予想通りに降って来たのは耳に馴染んだ声。




 
→next

  next
BACK

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -