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「誕生日?」
「うん。もうすぐだったよね?」
誕生日なんて単語、この世界に来てから久しぶりだった。
なぜならここは正月に一斉に歳を重ねる時代。
生誕の日を祝う習慣などないから。
大方ゆきは、望美か譲に誕生日を聞きだしていたんだろう。
座った俺に凭れて寛ぐゆきの手の中には、さっき尼御前から届けられた葵の花。
女房が花器を持ってくると取りに言っている間、瑞々しい花びらに唇を寄せていた。
俺の視線を感じたのか、チラッと後ろを振り返って‥‥‥笑う。
「ね、何か欲しい物ある?」
「欲しい物か‥‥」
んなモン決まってんだろ?
「ゆき 「私って言うのはダメだからね」」
「あ?仕方ねぇだろ、欲しいのはお前なんだし‥‥‥いつも、な」
「‥‥っ!ま、またそんなえっちなこと言う!」
まだどっかの小娘みたいに「えっち」って言うか?
吹き出したいのを堪え、照れてそっぽを向いたゆきの髪を掻き上げる。
白いうなじが誘っているようで、迷わずそこにキスをした。
「ひゃっ‥‥」
「‥‥‥お前がいい」
「‥‥やぁっ‥‥‥だ、ダメーーーっ!!」
振り向いた、と思えばゆきが俺の胸元を突き飛ばす。
花をしっかり握り締めたままで。
顔なんかもう真っ赤で、睨みつけてくる。
その顔もそそるな、と言えば流石にこの状況はヤバイだろう。
込み上げる笑いを何とかとどめようとした時、ふと妙案が浮かんだ。
幸いなことにゆき付きの女房は優秀だ。
決して口外しないし、仕事も速い。まさに打って付け。
「冗談だって‥‥‥そうだな、その日は俺の願いを叶えてくれ、な?」
「うっ‥‥‥変なのは嫌だよ」
‥‥‥予防線張って来たか。
「馬鹿。んな事しねぇから安心しろって」
本音を隠してゆきの頭を撫でる。
ホッと息を吐くのが可愛いと、素直に思った。
「げっ、花が!時子様がくれたのに!」
ゆきの手の中で花がくったりしている事にこいつが気付くのは、そのすぐ後。
力ない花を揺さぶる姿に吹き出した。
「‥‥‥‥で、どうして‥‥?」
「あー?気に入らなかったか?」
「ううん、可愛いけど‥‥」
戸惑いの表情を浮かべるゆきの腕の中に黒と白を抱えている。
光沢のある絹。
特に白地の方など、この京ではお目にかかれるモンじゃない。
「‥‥‥でも、なんで私にくれるの‥?将臣くんの誕生日なのに」
「細かいことは気にすんなって。俺はお前の喜ぶ顔を見たいだけだから」
俺の誕生日なのにプレゼントを渡されたゆきは、中身を確かめる事も出来ずにいた。
「後ろ向いててやるから着てみろよ」
と背中を向けてやると、やっと決心したのか絹擦れの音。
「‥‥‥‥え?‥ええええっ!?」
「今更嫌だとは言わせねぇ。願い、叶えてくれるんだろ?」
「‥‥うっ」
確かに「変な」願いじゃない。
少なくとも今のゆきには反発できる材料もない。
それに、隠せない好奇心もあるのだろう。大人しく着替え始めた。
「‥‥あの、もういいよ‥‥?」
振り向いた俺は固まった。
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