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「見たかったな、ゆきちゃんの勇姿」

「や、でもあれは必死なだけで‥‥」

「兄さんはその後寝てたんだ?」

「あのな。俺は瀕死の重症だったんだぜ?」





梶原景時の邸の縁側で茶を飲みながら、望美と譲がゆきに色々聞いている。


その隣には景時の妹が黙って、時々俺を睨んでいた。
‥‥黙ってゆきを連れ出したことに相当腹を立てているんだろうな。

少し離れた庭では、恐ろしく耳がいい敦盛とリズ先生が、静かに話を聴いていた。




和議の前日、ひょっこり顔を出した俺とゆき。

望美が両手を挙げて抱きついてきて、そのまま中に引き摺られて今に至る。




『政子さんの茶吉尼天ももう倒したよ!‥‥‥ありがとう!!』


その一言に俺もゆきもどれだけ安堵したことか。








「で?で?その後どうなったの!?」

「え〜‥‥‥っと、その後ね‥‥‥」




ぽつぽつと話し出すゆきに意識を傾けて、その場は静かになった。












‥‥あの後



黒龍の逆鱗が壊れた瞬間に、凄まじいばかりの神気の奔流に‥‥暴風が生まれた。

長い間穢され続けた逆鱗。
けれど奇跡的に黒龍の存在を変質させることなく、壊れた逆鱗とともに大地に還っていったらしい。



ただ、俺と清盛はまともにその力を受けて、吹き飛ばされた。


なんとかゆきが二人を回収した時、既に意識がなかった、と。


そんな俺と清盛をどう運ぼうかと頭を抱えていたとき、タイミング良く空から舞い降りてきたのは、清盛に消されたはずの式神だったという。



「間違いなく師匠の力なんだよね。何もかもがお見通しみたいで悔しいけど」


と拗ねていたが、俺にとっては恩人だ。


雪見御所に降り立った後は大騒動だったらしい。
らしい、と他人事のように語るのは、俺が意識を失った間に全てが片付いていたから。


意識のない平家の総領と還内府を連れて帰ったゆき。
経正と尼御前がフォローしてくれなければ、こいつは平家の敵だと「処断」されたかも知れないと。
後から経正に聞いた時に冷や汗を掻いた。



眼が覚めて最初に飛び込んだのはゆきの泣き顔。


『ま、まさお‥みくんっ!!死んじゃうかと、思っ‥‥』



‥‥‥ああ、こいつは無事だったんだな。

そのことにホッとして、
俺のことを想って泣きじゃくるゆきを壊れ物のように抱いた。













「‥‥でね、清盛さんはその後ずっと調子が良くないんだ。心配になって師匠に式を飛ばして聞いたら、黒龍の神気に触れたせいだろうって」

「そうなの?白龍」

「うん。私の対の神気をまともに受けてしまっては、怨霊には負担がかかる」



朔が問うと白龍は頷いた。

黒龍の神子の朔は、何処となく顔色が良いように見える。
自分の龍神が解放されたことが嬉しいのか。
無理もない。
望美と白龍のように、龍神と神子には他の人間には計り知れない絆があるんだろうから。



「‥‥‥伯父上は、諦めたのだろうか‥」

「最初はなかなか聞いてくれなかったけどね。和議を受け入れるようにって、経正さんと時子様と私たちで説得したんだ」

「兄上が‥‥そうか」

「大丈夫だぜ、敦盛。清盛も切り札を失くしたんだ。暫くは大人しくしてるさ」

「‥‥ああ」

「‥‥確かにそうかも。将臣くんに和議を任せちゃったし。そんなこと、今までの時空ではなかったからなぁ」









俺達は大丈夫だ。










「‥‥しかし、兄さんが還内府だったとはな。ひとこと言ってくれれば良かったのに」

「はは、悪かったって。だけど俺だってお前たちが源氏だと知らなかったんだぜ?」




‥‥‥源氏の総大将の九郎を始め、景時と弁慶は頼朝についているからまだ帰ってこないらしい。

あいつに‥‥弁慶に会いたくない訳じゃない。

色々言いたい事もあるしな。
勿論、気に食わない奴だっていうのは変わらない。

でも、そんな憎しみすらゆきがいれば些細なものに感じた。




「元宮は知ってたのか?兄さんが平家の人間だって」

「へっ!?」

「それに、私はゆきが将臣殿に無理矢理拉致されたと、今でも思っているのだけど」

「え?朔?‥‥‥‥え〜と‥‥‥‥」



どう答えていいか。

ゆきが困って助けを求めてくるから、俺はつい噴き出した。
本人にしか聞こえないよう耳に口を寄せて、小声でこっそりからかってみる。



「俺に遠慮すんな。正直に言ってやれよ」

「‥‥‥っ!」

「ははは!!」




顔が真っ赤。

それが妙にツボにはまり笑い転げていると、ゆきが拗ねた。

腹を殴ろうとしてきたその手を避ければ、バランスを崩して膝の上に倒れてくる。



「俺に勝とうなんて百年早いな」

「‥‥将臣くんのバカ。あの事みんなにばらしてやる」

「‥‥‥やってみろよ。後でどうなっても知らないけどな」



ゆきの頬を挟み、間近に眼を合わせると猛烈な勢いで逸らしてきた。
それでも以前のように怯えの色はなく、ただ単純に悔しがっているだけ。



此処が自分たちの部屋でもなければ、雪見御所だと言うことすら一瞬忘れた俺達だった。
ふと我に返れば視線を浴びまくっている。



「ねぇ、将臣殿。聞いていいかしら?」

「麗しの姫君に随分近づいているみたいだけど?」



朔と、いつの間に帰ってきたのかヒノエが引きつりながら俺を見た。


恥ずかしそうに離れようとするゆきの、肩を引き寄せ抱き締めれば、込み上げてくる笑い。




悪いな。

今さら遠慮なんか何もないんだ。





「当たり前だろ?こいつは俺の嫁なんだからな」




「ええっ!?ゆきちゃんほんとっ!?」

「よめ‥‥?神子、よめって何?」


途端に顔が輝く望美と、きょとんと首を傾げる白龍。


「還内府が北の方を迎えたって噂は本当だったんだ‥」

「ま、そういうこと」


それから小難しい表情の譲。


口元までは分からないものの柔らかく目を細めているリズ先生。

それ以外の朔とヒノエと敦盛はどこか複雑そうにゆきを見ていた。





此処にいない三人が聞けば、どう思っただろうか。






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