(2/4)





声の主は、清盛。
一度は死した老齢の男が、少年姿の怨霊として蘇った。


三年半以上も前に俺を拾い、「息子と似てるから」と生きる場所を与えてくれた清盛は、今は怒りと侮蔑を露にしていた。



「ようも我を謀ってくれたな」

「清盛、聞いてくれ。俺たちは平家を 「そこの娘に唆されての事か?」



舞台に立つ清盛はゆきを見、鼻で笑う。



「そなたも重盛に取り入るとは考えたものよ。まぁ所詮、源氏の‥‥坂東武者風情が考え付くのは色仕掛け位のもの」

「っ!清盛!」

「重盛、咎めているのではない。そなたは若い。色に惑う事もあろう?」

「違う、聞け。惑ってんじゃねぇ。俺は‥‥‥ただ、ゆきを守ると誓っただけだ」




清盛が俺を拾ってくれた前から、ゆきを想っていた。


色に落としたのは、俺のほう。





だがそんなことは当然伝わらない。

俺と出会った頃ならともかく。
今では意識が混同し、俺を息子と重ねてしまった清盛は、嘲笑うだけだった。



「ほう‥‥‥よもやそこまで堕としたとは。なかなかやるな、小娘」

「‥‥清盛さま‥‥清盛さん!私は平家を滅ぼしたくて来たんじゃないんです」



隣から響く清水の如くに済んだ声。
凛としたそれに嘘偽りの影はない。

怒りと猜疑に染まった清盛には届かないと知りながらもゆきは叫ぶ。

そんな真っ直ぐなこいつを誇らしく思った。



「私は、将臣くんが好きです。将臣くんを守りたい‥‥平家も、あなたも。だから、逆鱗を壊しに来ました」

「‥‥‥何を申しておる?源氏を、憎き頼朝を討たねば、平家に安寧など訪れぬ」

「そうじゃない!和議を結ぶんです!本当の和議を結んで、戦を終えれば平家はっ」

「世迷い事を」



必死に言い放つゆきと俺の間を、紫の光が駆けた。
背後に居た式神に当たり、大きく弾けた。
するとその姿は朱雀から一枚の札に戻る。



「面白い戯言だが、我もそう暇などないのでな。
この清盛の邪魔をする小賢しき娘、疾く去ぬが良い!」



清盛の両目が光る。
その眼差しに反応して怨霊武者が次々と生まれた。




斬って捨てれば怨霊の動きは鈍る。もしくは崩れ落ちる。


だが、それだけだ。
白龍の神子の望美がいれば、こいつらの魂は安らかに龍脈に還れるのに。


ここに望美が居れば。


湧き出てくる怨霊は数え切れないほどになり、夢中になって斬り伏せる内にゆきと分断されたことに気付いた。


「ゆき!!」


「太上鎮守、急急如律令!」



少し離れた位置であいつの呪言。
光と共にドォォン!と落雷に似た音がした。
その紅の炎は、周りの怨霊を焼く。



切り札という師匠の札もさることながら、ゆき自身も流石だな、と口元を綻ばせかけた、とき。



「なるほど、前から妙な気を感じると思うていたが。その娘を討てばよいのだな」



やたらと静かに響く声に驚き顔を上げれば、清盛が俺を向いてニヤッと笑った。

視線を絡めたまま、懐に入れた手を徐に取り出す。


遠目からは見にくいが、黒い塊を掲げた。

黒い‥‥掌に収まる程の、鱗の様な‥‥。


「っ!逆鱗!?」



ゆきの、悲鳴に似た叫び声がする。



「逆鱗?あれが」

「我が身からこの逆鱗を放さぬ訳がなかろう?撒かれた餌とも知らず食らいついて此処まで来た、愚かな娘」

「‥‥っ!」

「平家を滅せんとする者は皆、死ぬがいい」



きらりと光る逆鱗から、立ち上る黒靄。

‥‥‥矛先は、ゆき。





「ゆきっ!!」






剣を構え直して走る。
俺の邪魔を命令されたのかどっと飛び掛ってくる怨霊達を、必死に薙ぎ払った。


「退け!!」






ゆきは何があっても守る。







何も考えられなかった。
ただ、ひたすら斬りながら走った。
腕や足が熱く焼けるような衝撃を覚えても、走る。


背後から打撃が来る。


背中に衝撃が走るのは斬られているのだ。
と、頭の隅で思うも振り返って応戦していられない。



「ま、将臣くん!!来ちゃダメ!!」

「今行くから待ってろ!!」

「来ないで!!」



目指すのは光る紅炎。


派手な音を出しながら術を出しているゆきがそこに居る。



「来、ないで‥‥!おねが‥」



術を連続でぶっ放して、相当疲れているんだろう。
声が途切れていた。

‥‥‥途切れていると分かるほど、近くまで辿り着いた。






後になって考えれば恐らく清盛は、ゆきの力を正確に見極めていたのだろう。

すぐに止めを刺さず、怨霊を大量に召喚して戦わせ、
疲弊させてあいつを弱らせる。





歯向かう力を削いで、確実に仕留める為に。





「きゃ‥っ!!」


力尽きたゆきに怨霊が一斉に飛び掛り、その姿を見えなくした。





「我が逆鱗の力を、思い知るがいい」

「‥ゆきっ!!」





無我夢中だった。









「いやぁぁ!!」



どうして間に合ったのかすら分からない。
だが座り込んだゆきの頭上に刀を振り下ろさんとする怨霊を剣で仕留めた。




抱き締めた瞬間に視界の隅で

凄まじいまでの黒紫の光が迫ってくるのを認めた。



光からゆきを守れるように、深く抱き込む。


「将臣くん!?」


背中に衝撃と、焼ける熱が集中した。




「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前!!」


術を唱えるというより、叫んでいるゆきの声は悲痛だった。

直後視界が光に包まれたことが、眼を開けられない俺にも感じられる。



無数の怨霊の断末魔が響くことも。

















思えば、泣かせてばかりだったな。




その分、幸せにすると誓った。

お前の身も心も引き裂いた分、全てが終わった後は笑顔だけを浮かばせてやると。



「‥‥重盛」

「将臣くん!まさおみ、くん!!やだ!!」






‥‥‥出来ることなら、俺の手で幸せに。





「‥‥ゆき‥‥早く、‥行くぜ」



動かすことすら億劫だったが、力を振り絞りゆきに凭れかかっていた身体を自力で退かせ座り込んだ。



「将臣くんっ‥‥‥!そんな身体で無理だよ!」


頬に生温い雫が当たって、その心地よさに薄っすらと眼を開けた。

俺を覗き込んでいるのは、さっきまでの気丈さは何処へやら、ぼろぼろ泣いているゆき。






泣き顔なんか見飽きていた。

けれど今俺の所為じゃなく俺の為に泣くゆきは、胸が締め付けられる程に綺麗だと思う。



こんな時に見惚れる俺は相当キてるよな。



「‥‥俺を信じろ、な?」



全身が悲鳴をあげる中で微かに笑って見せた。



少しの間、視線が絡む。


濡れたゆきの眼の奥、身体の全てがただひたすら俺を、俺だけを見ている。
ゆきは今、俺を失うことを恐れているんだ。


‥‥‥行くと言った俺に対し、震えながらコクリと頷くゆきの姿が、とても愛しいと思った。




視界に顔が広がる。

馴れないゆきからのぎこちないキスは、不覚にもどんな薬にも勝る幸せを寄越した。




それだけで元気が出て来る。
どんなに無理をしようとも、隣にお前さえいれば強くあれる。





‥‥‥愛してる、ゆき。




互いに何をすべきか、何も言わずに分かる。
この瞬間すら愛しくて仕方ない。



流血は止まらないんだろう、さっきまで激しく波打っていた脈が静かになってきた。

それでも残る力をふり絞り、剣を両手で構え‥‥‥走る。



「‥‥‥行くぜ!」

「うん!!臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前!!」





一瞬だけ



「‥‥何をっ!?」



ほんの一瞬だけど、清盛の身体を拘束したのは‥‥‥


俺の女神。




その隙に走り込み、驚愕に眼を見開いた清盛の、逆鱗目掛け。




「終わりだ!」



‥‥振り下ろしたのは


未来と言う名の刃。




→next

prev next
BACK

×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -