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その小さな身体は諦めることを知らないように、いつも精一杯手を伸ばしていた。
切なさと愛しさを込めた眼でそっと追う先の、譲を羨ましいと思い始めたのはいつからだろう。
お前が思う相手が俺だったら。
俺だったなら、そんな思いつめた顔はさせないのに。
笑わせてやるのに。
ずっと守ってやりたいと思ってきた。
それが壊れたのは、あいつが譲を吹っ切って、新しい恋に目覚め始めた時。
ただ単純に、あの男なのが許せなかった。
何で俺じゃないんだよ。
泣かせてでも欲しいと思うのは恋なのか、執着なのか。
‥‥‥その全てが混ざり合ったものなのか。
今となってはどうでもいい。
傷つけて奪って散々泣かせた分、この世で一番幸せにしてやりたい。
それでも俺を好きだと言ってくれたお前は、俺にとって至上の存在だから。
庭に立ったゆきが『師匠に貰ったスゴイ札』を掲げた。
正面に立つ俺にも聞こえない、小さく呪文を唱える。
‥‥‥そういやこいつは火の属性だったな。
そう思ったのは、呼び出された式神が見事なまでに火を纏った鳥だからだ。
「‥‥‥火傷したらどうすんだ」
「大丈夫!この火はこっちの世界のものじゃないからね。熱くないよ」
「しっかしまぁ、こんなもん呼ぶとはお前って凄いんだな」
その式神の姿はまるで‥‥‥朱雀。
いくら師匠手製の札が強力だと言え、これだけの式神を生み出すなど普通じゃない。
陰陽術なんかさっぱりな俺でさえ鳥肌が立つ程の霊気を感じた。
「‥‥‥って師匠が言ってたけど、ほんとに熱くないのかな?」
「‥‥‥‥‥‥」
‥‥‥実力に言論が噛み合ってない辺りがゆきらしい。
そう思おうと、この時決めた。
屋島の空は黒雲に覆われ始めていた。
まるで、これから起こる事を演出するかの様に。
「‥‥で?」
簡潔に一言。
ここからどうするか問いかける。
「う〜ん‥‥‥どこにあるのかな?さっぱり分かんない」
「‥‥ま、そんなこったろうと思ってたけどよ」
「‥‥‥呆れた?」
「んな訳ねぇだろ?」
ホッとするゆきの肩は、小刻みに震えていた。
‥‥‥俺がいる。
緊張している小さな肩を引き寄せて、抱き締める。
「凄い気‥‥‥クラクラするよ」
「色々敏感なのも大変だな」
「うん‥‥へ?色々?」
色々の意味が分からないと、見上げる顔にハテナマークが浮かんでいる。
そんなゆきの耳元に唇を寄せて、吐息といっしょに囁いた。
「‥‥‥俺の下で鳴くお前も、敏感だよな?」
「なっ‥‥バカ!!」
少しでも恐怖が薄れるといい。
案の定顔を真っ赤にしたゆきは、笑い転げる俺の鳩尾に肘鉄を食らわせた。
「じゃ、行くか?」
「え?だから場所が‥」
「もし清盛がここに大事なモンを隠してるんなら、心当たりがある」
奥の海岸沿いを進み、知らぬ者には簡単に見つからない場所。
そして黒龍の逆鱗が大切に奉られている場所と言えば‥‥。
舞台と呼ぶ祭壇の、近くの祠だろう。
手を差し出せばしっかり繋いで来る。
身を切りそうな緊迫感が互いに多くを語らせなかった。
だが‥‥ゆきが今何を考えているのか伝わる。
何故なら同じだからだ、俺も。
緊張と決意と、
胸に灯る希望。
屋島の奥に位置する、舞台。
『舞台』とは実際に舞台の形をしているからそう呼ぶ。
かつて此処で平家安寧祈願をした時、惟盛が舞を奉納したこともあるらしい。
「待って。かなり強力な結界があるから」
「結界か。ま、大事なモンをその辺に置いたりしないか」
上がろうとする俺の袖を引いて止め、ゆきは眼を閉じた。
風が強く吹く。
その音の煩さに上手く聞き取れないが、何か術を唱えているんだろう。
両手を複雑な形に組み始めた。
「‥‥‥?」
キラリと、舞台を挟んだ向かい側の祭壇から光が生まれたのはその時。
まるでゆきの呼びかけに答えるかのよう。
ゆきが手を組み変える度に、それは光を反射するガラス細工の様に輪郭を露にする。
祠を覆う球体のガラスが完全に見えた。
次の瞬間それは、硬質な音を立てて破裂する。
「‥‥よしっ!」
突然ガッツポーズをするゆきを見下ろせば、こちらを見上げてにっこりと笑顔を浮かべた。
「結界、解けたよ」
「‥‥マジかよ。すげぇなお前」
本当に陰陽師ってのは不思議だ。
それとも、ゆきの力がずば抜けてるのか?
素直に感嘆する俺の前で、胸を張ったゆきは誇らしげに言った。
「お父さんも陰陽師だったから‥‥だから、私の力はお父さんから貰ったの」
「そうか。じゃ、優秀な陰陽師だった親父さんに感謝しねぇとな」
「うん!」
かつて事故で両親を亡くしたゆきにとって、父親から貰った力がどれ程誇らしいのか。
きっと俺の知らないことは幾らでもある。
「ゆき。全部終わったら、一杯教えてくれよな」
お前のこと、もっと知りたいんだ。
「ん‥‥‥私も、将臣くんのこと、知りたい」
再び手を繋いだ。
緊張も解れたのか、ゆきの頬が柔らかく緩んでいる。
「じゃ、行くとするか。姫君?」
ヒノエの物真似をして笑わせた、その時だった。
「そうはさせぬ」
予想通りに降って来たのは耳に馴染んだ声。
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