(2/2)
けれどゆきは簡単に笑ってみせた。
「うん、信じたよ」
「無茶苦茶だと思わねぇのか?」
「うん、思わなかった」
「‥‥‥何でだよ」
眩しい位の笑顔を浮かべて、ゆきは胸を張った。
信頼と、信用と、それから誇らしげなものを交えて。
「信じない訳ないよ。望美ちゃんは真剣な眼をしてたから。‥‥‥私は、望美ちゃんの力になりたい」
それにね、と続ける。
「源氏にも平家にも私の大切な人がいるのに、何で争わなきゃなんないのって、ずっと思ってた」
平家にいる大切な人と言うのは、俺や、行方不明の重衡の事だろうか。
ゆきは一瞬泣きそうになる。
「みんなを助けられる。望美ちゃんはそう言ってた。だから私は‥‥‥信じる」
「‥‥‥そうか」
「ほんとは将臣くんだって分かってるんだよね?望美ちゃんがこんな時に嘘つく人じゃないって」
平家の還内府として簡単に返事すべきではない。
そう、曖昧に濁した「そうか」をゆきは正確に拾い上げた事に苦笑した。
‥‥‥‥‥‥幼馴染みの絆は伊達じゃないよね?
言葉に出さず眼で訴えるこいつに、敗北を感じる。
「仕方ねぇな。俺も動くとするか」
「‥‥‥ほんと?」
「あぁ、女の望美とお前が和議の為に、俺達の為に動くんだ。動かねぇ訳にいかねぇだろ?」
「‥‥‥ありがとうっ!」
抱き付いてくる、弾む身体を受け止める。
ありがとうと言いたいのは、俺だ。
例え無茶苦茶だったとしても、ゆきを手に入れられたんだから。
望美が話さなきゃ、ゆきは平家に来なかった。
望美がゆきに頼まなければ、ゆきは源氏にいたままだった。
あの男の側に、今もいただろう。
「‥‥‥ありがとう、将臣くん。信じてくれて」
「‥‥‥馬鹿。最初から言や良かったのによ」
分かってる。
‥‥‥言えなかったよな。
始めからお前にとっては辛い事の連続だったんだ。
後悔はしていない。
それでもゆきの心にに刻み込んだ傷を思うと、胸が痛んだ。
「‥‥‥将臣くん。そんな顔しないで」
俺の胸から顔を上げたゆきが、キスをしてきた。
「‥‥‥私は、将臣くんが好き」
「‥‥ゆき」
「‥‥‥‥‥‥だから‥っ‥‥‥うぅっん‥‥‥」
続ける台詞を途切らせる為に、激しく舌を絡ませた。
ゆきの口内は柔らかくて、簡単に俺を夢中にさせる。
暫く絡めて唇を離せば、弾む息と見上げる上気した頬。
そして潤んだ眼が俺の中心を熱くする。
「その先は俺に言わせろ」
「‥‥‥」
「俺が守ってやる。だから安心して自分のやるべき事に集中しろ、な?」
‥‥‥本当に、馬鹿な奴。
「‥‥‥泣くなよ、ゆき。本当の意味で戦、終わらせんだろ?まだ終わってねぇんだから」
「うん‥‥‥うん!」
ゆきも、平家も、諦めずに済む道を与えてくれた望美に感謝した。
この運命を選んで良かったと、最後に言わせてやるから。
お前を傷付けた分、幸せにしてみせる。
強く抱き締めて、ゆきの髪を撫でた。
「‥‥‥で?俺の役割と、お前がする事ってなんだよ?」
「将臣くんはね、平家の皆が動かないように止めて欲しいの」
「OK。で、お前は?」
陰陽師ならではの仕事だろうと、検討はついた。
だが、次に発せられたゆきの言葉に、眼を見開いた。
突拍子のない話の大きさに驚く。
「‥‥‥‥‥‥はぁ?」
「茶吉尼天は望美ちゃん達が何とかするって。だから」
私が、黒龍の逆鱗を壊す。
「‥‥‥清盛が邪魔しにくるぞ」
「‥‥‥戦うよ」
怨霊を自由に生み出すあの清盛とサシでやり合うと言う。
その小さな身体で、一人で。
「‥‥‥‥‥‥大体、屋島にどうやって行くんだよ?時間が足りねぇだろ」
「式神呼ぶの。師匠に貰った札なら大丈夫」
「‥‥‥そっか、分かった」
俺はゆきの頭を軽く叩き、立ち上がった。
「将臣くん?」
「経正に話して来るわ。指揮をあいつに任せる段取り付ける」
「‥‥‥え?」
「深夜になったら出る。暗い方が目立たねぇしな。
‥‥‥お前一人じゃ行かせない」
「でも、清盛さんは将臣くんを助けて‥‥」
「馬鹿」
肩越しに振り返ると、ゆきは真っ直ぐに俺を見ていた。
「お前を信じるって言ったんだぜ?平家の命運をお前と望美に託すんだ。だから、還内府として、男として‥‥‥お前を守る」
びっくりしている眼に安心させる様に笑い掛けると、そのまま部屋を出た。
固い決意を胸に、夕焼けも去りすっかり暗くなった廊を歩く。
たった一日でこんなに目眩しく物事が変化するとは思いもしなかった。
だが、この込み上げる爽快感は、
昨日の俺には想像も付かないだろう。
‥‥‥望む未来は、手に入れられる。
お前に俺がいるように
俺にもまた、お前がついている。
弱くて、小さくて、いつも一生懸命な‥‥‥
俺の運命を捕らえてしまった、
最強の女神が。
What I Can Do
笑顔のために
prev
BACK