(2/2)
「ゆき‥‥‥‥‥‥っと、仕方ねぇな。捕まってろよ」
再び抱き上げようとした腕を、華奢な指先が掴んだ。
震えているのは、寒さからなのかも分からない。
白く細い指先が震えながら俺の袖を握り締める。
「‥‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥ゆき?どっか具合でも‥」
「‥‥‥‥‥‥で」
上手く聞き取れなくて、もう一度続きを促そうと口を開きかけた。
ゆきがふと、顔を上げる。
「‥‥行かないで‥」
「‥‥‥は?」
「行かないで。どこにも‥‥‥」
「ゆき?」
眼を真っ赤にして、震えながら。
俺の二の腕を痛い程掴んで、ゆきは‥‥‥。
「将臣くん、側にいて」
‥‥‥泣いていた。
「‥‥‥‥‥‥‥は?お前‥‥‥」
何か言おうとしても、口を突いたのは渇いた笑い声のようなもの。
ゆきは一瞬酷く傷付いた眼をして、俯いた。
「ごめんなさい!‥他に好きな人がいるのにね」
「‥‥‥好きな女?」
意味が分からなかった一瞬。
そしてすぐに思い当たった。
「なんだ‥‥聞いていたのかよ‥」
「‥‥う、ん‥‥‥たまたま聞いてしまったんだ‥‥‥ごめんなさい」
小さな謝罪が、消えそうなこいつ自身を更に遠くに流していこうとしている。
遠く‥‥‥昨日、俺が吐いた言葉通りに、消えようと。
俺の前から、永遠に。
「させて堪るかよ」
「あっ‥‥‥」
離れた指を絡めとり引き寄せると、簡単に倒れ込むゆき。
抱き締めたゆきは濡れて冷えきっていて、俺の熱を奪ってゆく。
だが、それすらも愛しい。
「‥‥‥好きだ、ゆき」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
「愛しい女ってのは‥‥‥お前の事なんだけどな」
「‥‥‥嘘だよ‥」
「嘘じゃねぇ。ずっとお前が欲しかった。だから、お前を奪ったりしたんだぜ?‥‥‥お前を他の男に渡したくなかったから」
‥‥‥途端に激しく泣き出したゆきは、寄る辺ない子供。
俺の背中に腕を回して縋りつくのは初めてで。
冷たい筈の腕すら俺の中の火を灯してゆく。
「‥‥他に‥いるから‥‥捨て‥かと思っ‥‥」
「‥‥悪い。後でちゃんと説明、するからさ‥‥」
ああ、やっぱり俺はこいつを手放せないんだ。
俺が他の女に惚れてると思って泣くゆきを、そうと知って突き放せる訳がない。
「ゆき、好きだ」
一度零れた想いは止まる事がなかった。
抱き締めた腕の中のゆきが消えない様に、強く強く力を込める。
‥‥‥何度も、好きだと呟いた。
「‥‥‥さおみくん、くるしっ‥」
「‥あ、悪ぃ」
ゆきの小さな抗議で、どれほどの力を込めていたのかを知った。
咄嗟に腕を解く。
よほど苦しかったのか、肩で荒い息を繰り返す。
その様子を、俺はただ見ていた。
やがて、漏れた息は落ち着きを取り戻し、ゆきは顔を上げる。
そして、眼が合うとまた涙が溢れ出した。
俺はずっと
泣かせてばかりだった。
「‥‥‥私も‥‥‥好き」
俺は今、夢を見ているのだろうか。
「‥‥‥‥おまっ、本気で‥」
嘘だと思った。
信じられなかった。
ゆきにしてきた事は、あまりにも酷いと自分でも分かっている。
好かれるはずもないと。
その時の俺は、とてつもなく驚いた顔をしていたのか。
泣きながら、ゆきが小さく笑った。
失った筈の、笑顔を見せた。
「酷いよ、将臣くんは。私を‥‥‥こんなにして」
「‥‥‥‥‥‥」
「将臣くんの事しか、考えられなくしたくせに」
無理矢理、許嫁にして
邸に閉じ込めて
そして、無理矢理‥‥‥ゆきを奪った。
泣いて許しを乞うお前の意思を無視し、朝まで眠らせなかったことも多々ある。
嫉妬に狂いそうになり、手に入らない心に狂いそうになり‥‥その感情をゆきに向けた。
「悪かった」
「‥‥‥っ!!もう遅いよ!!」
ゆきは怒りながら泣き、俺の胸に拳を打ち付けた。
受け止めてやる事しか、出来ない。
‥‥‥それが切なかった。
「‥‥‥っひどすぎるよ‥‥‥私を、身体も、こんなに将臣くんで一杯にしたくせにっ!!もう、止まらない位に好きなのに!!」
「‥‥‥本当なのか?」
問い掛ける声が僅かに震えている。
それ程に、夢だとしか思えない程に、ゆきの言葉が‥‥‥。
「もし本気で言ってんなら、後戻りしない‥‥‥‥‥‥お前を死ぬまで側に置いて、俺だけのモノにするぜ?」
俺の言葉に眼を見張り、そして‥‥‥ゆきは笑った。
六波羅に来て初めて見せた、ゆきの笑顔。
俺の首に腕を回し、ぐっと自分に引き寄せて‥唇を合わせて来た。
ゆきからの、初めてのキス。
「‥‥‥将臣くんの側にいたい」
「‥‥‥‥‥‥いいんだな?」
「将臣くんこそ、私でいいの?」
‥‥‥不覚にも泣きそうになった。
瞼の裏に熱いものを感じて、それをゆきに見られるのが照れくさいからもう一度、強く抱き締める。
そのまま耳元に唇を寄せて、小さく呟いた。
「‥‥‥俺はゆきがいい」
‥‥‥ひどく満たされる。
「‥‥ゆきっ‥」
「将臣く、んぅ‥‥‥」
どこを責めればゆきがどんな声で鳴くか、どうすればこいつが溺れてくれるか。
覚えこむほどに何度も何度も重ねてきた身体は、それとは別の快感をもたらせた。
「あっ‥‥だめぇぇ‥‥こんなのもう‥」
「可愛い事言うな、お前‥‥」
びしょ濡れで冷え切っていたゆきの身体も今は火照るほどに熱くなっていた。
風邪を引かないように暖めてやる、と言う名目の元で服を剥いだまま押し倒して今に至る訳だが。
ずっとずっと焦がれていた。
何度この行為を繰り返しても、決して手に入れられなかったものが今、掴められた気がする。
それは、目が眩むほどの快感と充足感。
決して手に入らないと諦めていた、ゆきの心。
「ゆき‥‥愛してる」
「‥‥‥‥嬉しい‥私、も」
愛してる
この雨が蒸発するほど
今、全てが熱かった
my sweet
守りたい手
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