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「‥‥‥んっ‥‥」



静寂がやけに寂しく感じて眼を開ける。
外は真っ暗で、いつの間にか夜になっていた。
リィーン、と鈴虫の鳴く綺麗な声がする。



‥‥‥そっか。私あれから部屋の褥に突っ伏して‥‥‥

泣き疲れて寝たんだ。



「お目覚めでございますか?」

「‥‥‥あ、うん」



外に控えていた仲良しの女房が、起きた気配に気付いて声を掛けてくれる。



「外は綺麗な月明りでございますわ。宜しければ御廉を上げて御覧にいれましょうか」

「い‥‥‥‥‥ありがとう」



いいよ、って言おうとしたけど思い直した。

慣れた手付きで御廉が巻き上がれば、確かに見事な月景色。







柔らかな光が、泣き疲れた眼に優しい。



「ありがとう。もう遅いから‥‥‥眠ってね」

「お優しいお心遣い、痛み入ります」



最近になって、気心が知れるようになったからか、彼女はにこやかに一礼をして下がっていった。

足音が遠ざかるのを確認して、部屋の中から月を見上げる。










とても綺麗で、

また涙が滲んでしまった。












将臣くんは今頃どうしているのかな。
お仕事しているのかな。



それとも………愛しい人の所にいるの?

‥‥‥今日はここに、帰って来るのだろうか‥‥‥。


一瞬だけ過ぎった期待を否定する為に、頭を激しく振った。


‥‥‥違う、『愛しい人』は私なんかじゃない。


愛してるなんて言われた事なんかない。
だから、いくらなんでも勘違いしちゃダメだ。






勘違いしちゃ、ダメなんだ。






‥‥‥一人で悶々と考えていた私の耳は、微かな足音を捉えた。



「‥‥‥え?」



急くでもなく、ゆったりとした足音。
夜に、こんな奥まで来るのは将臣くんしかいない。

‥‥‥‥嬉しい。

そして、咄嗟にそう思った自分が悲しかった。



「あ、将臣くん。お帰りなさい」



その姿を見た瞬間に込み上げる感情の意味はもう、知ってしまった。

涙が滲むのが分かる。
頬も緩んでしまう。


将臣くんは立ち止まりそんな私を見下ろすと、溜め息を吐いた。



「‥‥‥話がある。今でも構わねぇか?」

「え?‥‥‥‥‥‥うん」



頷く私の隣ではなくて、正面に座る。

何だか嫌な予感がして崩してた足を正座に直してしまった。






「お前、スパイなんだって?」

「‥‥‥‥‥へ?」



思いも寄らない一言に首を傾げた。

スパイ?すぐには意味が浮かばない。



「知盛から聞いた」

「‥‥‥っ‥!」




ドキッとした。
‥‥‥知盛に見つかった事を、将臣くんに知られてしまった。



言い逃れる為の言葉ってどうしてこんな時に‥‥‥見つからないんだろう。

何か言わなきゃ、って思うほど思考が追い付かない。



「違うよ将臣くん!!私スパイなんかじゃない!そんなことじゃない。
詳しく言えないけど、でも!私‥‥‥」

「‥‥んだよ。言えねぇ理由でもあるのか?」

「‥‥‥、それはっ‥‥‥」



言えない。言ってしまえば全てが無駄になる。
でも、でも‥‥‥。



「まぁ、どうでもいいけどな。お前はここを出て行くから」

「‥‥‥え‥?」

「得体の知らない奴を置いておける程、平家も甘くはねぇ。俺に言えないんなら‥‥‥出て行け」



抑揚のない押さえた声が胸に突き刺さる。




「明日の正午に経正んとこの兵がこの部屋に来る」

「なん‥‥‥で?」

「何で?ってお前を京に送るために決まってんだろ?」





将臣くんは私の眼を、しっかりと見ていて‥‥嫌な予感で胸が震えた。






でも、どうして、今、私‥‥‥。


こんなにドキドキしているの。





「聞こえなかったか?行け、と‥‥‥帰れと言ったんだ」

「かえ‥‥‥れ‥‥?」




ねぇ、どうして?


心臓が煩くて、将臣くんの声が聞こえにくいよ。





「‥‥‥何で‥‥」

「‥‥‥‥‥‥言われなきゃわかんねぇのか?」




イライラと頭を掻きむしる。
それが将臣くんのクセなんだって、今は知ってる。



ああ将臣くんは今、もどかしいんだな。
ってぼーっとしながら見ていた。


ぼーっと、せずにはいられなかった‥‥‥。





痛くて、苦しくて、
胸を押さえたらなんでかな。

指先が震えていた。





「わか、んない‥‥‥飽きたの」

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥そう、だな」







お願い、この先は言わないで。








「‥‥‥‥‥飽きた。お前、俺を満足させてくれねぇし」

「‥‥‥‥‥‥っ!!」

「怯えられてんのも流石にな。未だにぎこちないし。最初はそう言うプレイもいいとか思ったけど‥‥‥‥‥‥ま、飽きるわ」






声を出しちゃ、ダメ


息を、しちゃダメ




‥‥‥‥‥泣いちゃ‥‥‥‥‥‥ダメ







「だから、師匠とか言ったか?そこでも景時ん所にでも‥‥‥‥‥‥帰れ」

















言い置いて、部屋を出る背中。

そう言えば私、将臣くんの背中をあまり見た事がなかった。




‥‥‥‥‥‥いつもいつも、将臣くんは正面を向いていた。






私をまっすぐ見てくれていた気がして。






そう気付いた時には、涙が溢れて止まらなくて‥‥‥‥‥‥

手を伸ばしても、届かない。



将臣くんに愛されている人が羨ましかった。

あんなに辛かったのに、あんなに苦しかったのに。

今の私にはもう、将臣くんを憎む事が出来なかった。





自分が悲しい位に愚かだと思う。



バカなんだ、私。


憎んだままでいたら楽だったのに。

そうしたら今頃は、解放されたって喜んでいられたのに。





泣いてるうちに空が明ければいいって思った。
朝日が昇れば少しは癒してくれると信じて。











‥‥‥月はいつしかなくなっていて、ざぁざぁと鳴る音に我に返った。



「そ、だった‥‥‥」




雨音に我に返る。



文机から一枚の札を取り出して、庭に出た。
途端に肩を、頭を、大粒の水滴が打ち付ける。




‥‥‥屋島に行かなきゃ。


不意に思ったのは、やり切れない苦しみから逃れる為。


探すべきものは、ここにないって分かった
屋島に行けば私にはするべき事が待っている。

師匠がくれた呪符なら多分、私でも式が呼べるはずだから。



「‥‥‥‥‥臨・兵・闘‥‥‥」










『ゆき‥‥‥』




こんなになっても私は将臣くんに囚われていた。

拭っても拭っても、目尻から溢れてきた涙と、想い。



「‥‥‥‥‥ふっ‥‥ぇ‥‥」




嗚咽が邪魔で呪言を唱えられない。

















この雨を降らすのは

行き場をなくした恋心









not being you anymore
貴方はもう居ないのに



 


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