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「あ、将臣くん。お帰りなさい」



少しだけ眼を和ませて俺を出迎える。
最近のゆきは、俺を拒絶する事がなくなった。

俺の話をじっと聞き、抱き締めればそっと身を委ねて来る。

いつだって俺を受け止め、俺の下で鳴くようになった。


心を許したんじゃなくても、その変化に愛しさは募るばかりだった。





今のゆきはただ庭を眺めていたのだろう。
室と廊を遮る御廉を全て上げて、室内に座っている。

‥‥‥‥見上げた眼にうっすらと、涙の跡が見えた気がするのは‥‥‥気のせいか?



「‥‥‥話がある。今でも構わねぇか?」

「え?‥‥‥‥‥‥うん」



頷くゆきの隣ではなく正面に座れば、合わせて程よく崩していた足を正座に直してきた。

話を振る前から、泣きそうに顔を歪めるゆき。




‥‥‥本当にバカだな、そう思った。

感情を隠し通せないコイツを平家に遣らせたのは、一体誰なんだ?


こんなに嘘の付けない素直なゆきを、平家に送り込んだ奴‥‥‥。

『師匠』でなく、もっと前にゆきに何かを吹き込んだ、元凶。



そいつを俺は殺してやりたい程憎む。



散々ゆきを泣かせた俺なのにな。
非道なのは俺も変わらないのに。



怒りをどうにか堪え、溜め息を吐き、冷静に告げるべき言葉を吐いた。



「お前、スパイなんだって?」

「‥‥‥‥‥へ?」



きょとんとした顔の真意が読み取れない。


ゆき自身、意味が分かっていないのか?
恐らくそんな所だろう。


解りやすい言葉を探しあぐねて、仕方なく一言だけ滑り出した。



「知盛から聞いた」

「‥‥‥っ‥!」



弾けたように顔を上げて俺を映す、その眼。



何でそんなに傷付いてるんだよ、ゆき。



俺からの意志でなく、知盛から話を聞いたと言えば、焦ったゆきの反応から色々と窺えると思っていた。




知盛との間に何があったのか。
‥‥‥何か、あったのか。




「違うよ将臣くん!!私スパイなんかじゃない!そんなことじゃない」



俺の袖を掴み真剣な眼で訴えてくるゆきに嘘はない。



「詳しく言えないけど、でも!私‥‥‥」



必死で言い募ろうとして、悔しそうに唇を噛み締めている。

『誰か』に口止めをされているんだろう。
こんな時でも律義に黙秘を守り通すゆきはきっと、どんな拷問を受けても喋らない筈だ。



そんな事、分かっている。


ゆきがスパイ‥‥‥間蝶だか何だか知らないが、そんな事は初めからどうだっていいんだぜ?知盛。



「‥‥んだよ。言えねぇ理由でもあるのか?」

「‥‥‥、それはっ‥‥‥」




そんなものはただの口実に過ぎない。




「まぁ、どうでもいいけどな。お前はここを出て行くから」




‥‥‥‥‥お前に罪悪感を背負わせずに出て行かせる為の。




「‥‥‥え‥?」

「得体の知らない奴を置いておける程、平家も甘くはねぇ。俺に言えないんなら‥‥‥出て行け」



恐らく福原は戦場と化すだろう。
優勢の頼朝が和議を結ぶなど有り得ない。


不安要素は徹底的に滅ぼす筈だ。

北条政子と言う安心した餌を与えたフリをし、こちらの隙を突く。
それで間違いないと俺は思っていた。



何としてでも平家は護る。


‥‥‥だからこそ、望んで此処に来た訳ではないゆきを、

巻き込みたくなかった。







「明日の正午に経正んとこの兵がこの部屋に来る」

「なん‥‥‥で?」

「何で?お前を京に送るために決まってんだろ?」




ゆきは意味が分からないらしく、聞き返そうと首を傾げた。


そんな小さな仕草にまで思わず手を伸ばして抱き締めたくなる。
それぐらい、囚われているんだな。






でも、もう解放してやるよ。

好きでもない男に自由を奪われ続けて、辛かったよな。




「聞こえなかったか?‥‥‥帰れと言ったんだ」

「かえ‥‥‥れ‥‥?」




何でそこでそんな顔するんだよ?


もっと嬉しそうな顔をすると思っていた。
もしくはホッとするかと。

‥‥‥そんなに呆然とするのは、目的とやらが果たせられなかった悔しさからなのか?





「‥‥‥何で‥‥」

「‥‥‥‥‥‥言われなきゃわかんねぇのか?」




目の前には愛しい女がいて、今にも泣きそうになっているのに‥‥‥もう触れる事すら許してはいけない。

空いてしまった手の衝動を押さえる為に、頭を掻き毟った。








「わか、んない‥‥‥飽きたの?」

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥そう、だな」








‥‥‥‥‥‥ゆき

飽きる訳、ないだろう?











「‥‥‥‥‥飽きた。お前、俺を満足させてくれねぇし」

「‥‥‥‥‥‥っ!!」

「怯えられてんのも流石にな。未だにぎこちないし。最初はそう言うプレイもいいとか思ったけど‥‥‥‥‥‥ま、飽きるわ」





ゆき、

これでお前を傷付けるのも最後だから‥‥‥。






お前が幸せを掴める場所に帰してやるから。







「だから、師匠とか言ったか?そこでも景時ん所にでも‥‥‥‥‥‥帰れ」







‥‥‥限界だった。

吐き捨てるように言い置いて、部屋を出る。












最後まで俺は残酷だった。

閉じ込め、傷付け、奪い、快楽を教え‥‥‥そして突き放す。



この全てが狂いそうな想い故だと、一体誰が思うだろうか。
それとも、人なら必ずしも持つ激情だとでも言えばいいのか。






‥‥‥平家を護る。
けれど、この先は平家にとっては辛い道を行くだろう。
和議を結ぶにしても恐らく此処にはいられない。

安住の地を探すべく、転々とするだろう。





それでも、ゆきが俺に惚れていたなら、何があっても離さなかった。

側で剣を振るい守り抜くと誓えただろう。











だが、そうじゃないから。

これ以上得られるべき幸せを奪ってしまいたくないんだ、もう。












廊を曲がり、使ってない室で一夜を過ごす事にした。
手近にいた女房に酒を頼めばすぐに誂えてくれる。



「サンキュー。あと‥‥‥いや、何でもねぇ。朝まで下がっててくれ」

「畏まりました」



女房の姿が消えるのを見届けてから、酒を注いだ。




‥‥‥ゆきの様子を見ててやってくれ。
思わずそう、頼みそうになった俺に笑う。

泣いている筈なんかないのに。








自嘲の笑みを浮かべたまま月を見上げれば、仄かに柔らかい。

その光がゆきの様に優しく、淡く俺を照らしていた。











月光は人を狂わせると言う。





「‥‥‥狂う、か。そうなりゃ楽だったかもな」



立ち去る前に見た、辛そうな顔が忘れられない。








最後の最後に見た顔が

笑顔だったら少しは満たされたのか









Instead of My Love
それであなたが微笑うなら


 
 

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