(2/2)

 






放っておいても、ゆきは逃げ出したりしない。
ゆき自身の目的とやらの為に、逃げたりしない。


妙に真面目な女だから、例え傷付いても決して、何も告げずに帰る奴じゃない。
例えそれが、自分を傷付けた相手だとしても。



それは、分かっていた。

だが‥‥‥。






「‥‥‥‥何、してんだよお前‥‥‥?」

「‥‥‥将臣くん‥」



既に頃は深夜。


濡縁に腰掛けていた女は、静かに庭を眺めていた。

日常離れした光景だが、一枚の絵の様に綺麗だと思った。


だが、そもそも何だってこんな時間に起きてるんだ?



「眠れないのか?」

「違うよ」



率直な問いにあっさり過ぎる答え。

座ったまま、俺を見上げる視線にいつもの怯えがなかった。


だからと言って笑う訳でもなく、ただ、静かな表情。



「もうすぐ将臣くんが帰って来るって、さっき女房の人が来たの」

「‥‥‥そっか。起こしたんなら悪かったな」

「ううん」



ゆきは緩く首を振って、また視線を庭に戻した。





‥‥‥いや。黄色く浮かぶ月に、だ。






無心に見上げる横顔が、やけに寂しそうに見える。
愁いているかのように。



今、コイツの胸を占めて居るのは誰なのか。



さっきの俺の様に、この月を‥‥‥誰かと眺めたいと思っているのだろうか。



月明りに照らされた雪見御所の庭は、幻想的な程に見応えがある。

かつてここは、風月を愛した惟盛がデザインしたらしい。
月が映える様に。
風が花を揺らす姿が、美となるように‥‥‥端正なセンスが生かされていた。


この庭を、お前は誰と見たいと‥‥‥‥‥‥今。



「隣、いいか?」

「うん」



腰掛ければ、隣で緊張するゆきの肩。

この角度から見ると尚の事、小さく華奢に見える。
守ってやりたいと無意識に思わせる。

お前は狡いよな。



「‥‥‥戦が始まるの?」



ぽつんと漏らした呟きが、薄明かりにやけに響いた。

恐らく最近の喧騒が、ゆきのいる奥にまで聞こえているのか。

それとも、経正辺りが言ったか‥‥‥そう思ったが、その線は否定した。

あれ程和議が成る事を喜んでいた経正だ。
まさかゆきに、戦になる可能性など話しはしない筈。
経正自身、源氏に欺かれる可能性など信じちゃいないから。



「一応、和議だけどな。相手はあの頼朝だ。和議に見せかけた侵攻‥‥‥って線も有り得るだろ」

「‥‥‥‥源氏が、来るの‥‥?」

「ああ。北条政子が頼朝の名代でな。福原で結ぶ為‥‥って‥‥‥‥ゆき?」




思わず話を止める。
心臓が、大きな音を立てて脈打った。



ゆきの様子がおかしい。
眼を見開いて固まっていた。






「‥‥‥え?」

「え、じゃねぇ‥‥‥何かあったのか?」

「なっ、何もないよ」





明らかに真っ青で、動揺しまくっている。
慌てて首を振る、そんな状態のゆきを追求する事は簡単だ。









源氏がくる、和議の為に‥‥‥ここ、福原に。










それがこれ程動揺するのなら、恐らく間違えちゃいない。


ゆきが、何に怯えているのか。





「‥‥‥‥‥‥バカだな、お前」

「わっ‥‥‥な、何っ?」



今のゆきに問うのは簡単。



だがそれをせずに、代わりに肩を強く引き寄せる。


逃げない様に抱き締めれば、冷えた身体が俺の熱を奪っていった。

こんなに冷えたのは、俺の帰りを待っていたからだ。


‥‥‥‥‥‥俺を、待っていたから。



「ったく。こんなに肩、冷やしてよ‥‥‥風邪引くぜ?」



俺は何も知らない振りをする。
聞けばゆきが泣くだろう。




‥‥‥あの男を想い、コイツは泣くんだ。

例えそれが俺の腕の中でも。




代わりに今浮かんだ問いを口に乗せる。



「‥‥‥そういやお前、俺を待ってたのか?」



聞けば無言で頷くゆきに、腕の力が強くなった。



「起こされたからと言っても、その後で寝てりゃ良かったのによ」

「久しぶりに会うから、お帰りって言いたかったの」

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥は?」










今夜のゆきは、最初からおかしかった。










「眠る暇もほとんどない位に頑張ってる、ってね‥‥‥経正さん付きの女房の人が教えてくれたの」


「いや、それは」

「‥‥‥お帰りなさい」






いつも俺の顔を見てはビクッと震えるくせに。

何で俺の頬に、触れて来るんだよ。








「顔色、悪いね。早く寝なきゃ」

「‥‥‥‥‥‥誰が寝るか」




俺の頬に当てたゆきの手、それを更に手で包んだ。



「寝るのは後。今はゆき‥‥‥‥‥‥お前が欲しい」

「っ!‥‥‥でもっ」

「一週間、お前に寂しい思いをさせたからよ。穴埋めしねぇとな」

「やっ、そんな寂しいなんてっ‥」



逃げようとする腰を手で押さえ、包んだ手が離れないように指先を絡める。



「いいよな?」

「‥‥‥‥‥‥」




いつもみたいに泣かない。

真直ぐ俺を見るのは久し振りじゃないか?

俺の真意を探るのか、ただじっと視線を合わせている。











「ねえ、何で私なの?」
















‥‥‥まだ言ってるのか、そんなこと。

お前が好きだからに決まっているだろ?


いい加減気付け。







「さぁな」



手を引っ張り立たせて、更に強引に腕を引き歩かせる。
部屋に縺れ込んで、夜具の上に押し倒した。










‥‥‥‥‥‥愛したい
壊してしまいたい。

優しく導いてやりたい
激しく刻み付けたい。





情と欲がないまぜになっている、この想いを全て注ぎたかった。






俺なしじゃいられない身体に変えてしまいたい。




‥‥‥そんな思いとは裏腹な本心。

今頃気付くなんてバカだな、俺は。













本当は嫌われたくなかった。



傷つけたくなかった。



泣かせたくなかった。



けどそんな綺麗事は、今、自分の下で身を捩って喘ぐゆきの姿を目の当たりにしたら、全て吹き飛んだ。





「‥‥‥あぁぁっ」



俺を求めて、快楽の行き着く先に身体を震わせている。


ゆきが感じているのはきっと痛みではなく、恐らく初めて手に入れた快感。



「や、だぁっ‥‥‥将臣くん‥‥んぅ‥」

「辛いならしっかり掴まってろ」

「つ、辛くなっ‥‥あ‥」




高らかに鳴く声は

泣き声よりもずっと可愛くて




「将臣くん‥‥‥っ、将臣く、んっ」





艶の交じった声で呼ばれる名前は、どんな音楽にも増して俺を熱くした。










‥‥‥分かっていた。



お前が想うのは俺じゃないと。最初から。






分かっていながら、抱いた。

お前の目的を知らないままでもいい、俺しか見えない様に、俺に惚れるように。






‥‥‥バカだ。







ゆきの身体を開き、快楽に拓けば、心まで手に入ると思っていたのか?

俺という存在をゆきの魂に刻み付ければ、自ずと愛されると思っていたのか?




余計に心を閉ざされるとは考えてなかったのか?










いい加減にしろ。

俺のしている事が何なのか、途中で気付いていたから‥‥‥ゆきを遠ざけたくせに。



なのにゆきを見ただけで思春期のガキみたいに発情するのか、俺は。











だけど、もっとバカなのは











どんなに傷つけられても、






『顔色、悪いね』








純粋に俺を心配する


















愛しくも残酷なお前。














「‥‥‥‥は、ぁ‥‥ゆきっ‥」

「んっ‥‥‥なに‥?」




よほど楽になりたいのか、上擦った声には余裕がなかった‥‥‥‥‥互いに。




「いや、何でもねぇっ‥‥‥」




痛みとは違う涙を零すゆきを見てしまえば、何も言えなかった。

代わりに深いキスをする。













‥‥‥愛している、ゆき。



今さら俺に愛を告げる資格なんかない。



愛している。



お前を傷付けたくない。




‥‥‥愛しているんだ。












それでも立場や責任は忘れられない自分を嘲笑う。










いっそ、お前に溺れお前に狂い

正気を手放せば楽になると思いながら









Lyrics for You
嘆きと歓びを込めて




 



prev  
BACK

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -