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何で、笑っているんだよ
‥‥‥他の野郎なんかと。



足音を忍ばせてしまうのは、密会現場を探る心境に似て‥‥‥いや、その心境そのままだ。


真っ先に視線が捉えたのは、久々に見るゆきの笑顔。



ああ、こいつはこんな風に明るく笑う奴だったな。
暫く忘れていた事を思い出した。




近付けば近付く程、声は聞こえる。


「‥‥‥本当に貴女は素晴らしい方です」

「ええっ!?大袈裟ですってば、経正さん!」



横顔のゆきは照れ笑いを浮かべながら、胸の前で両手を振っていた。

‥‥‥経正に。



「大袈裟などではありません。貴女には感謝したい‥‥‥‥‥ん?ああ、将臣殿ではありませんか」

「え‥」

「よぉ」



俺に気付き笑顔のまま話し掛ける経正と。

「将臣殿」と聞いた途端に笑いが消えたゆきは対照的だった。


おずおずと視線を上げる丸い眼が宿す怯えに気付いた時、俺は意地悪く鼻を鳴らした。



「おはようございます。ゆき殿をお迎えに?」

「ま、そんなとこだな」


相変わらず人当たりの良い経正は、心底から俺達の事を喜んでいる。



「そうですか。仲睦まじくて宜しいですね」

「‥‥‥あ、の」

「ゆき」



経正に何を訴えるつもりなのか、口を開こうとするから。


‥‥‥俺は、ゆきの名前を‥‥‥優しく呼んだ。

それだけで小さく震えるから、余計に何かが爆発しそうになる。


「将臣くん‥‥‥」

「お前、迷子にでもなったのか?」


そうじゃないと言う事はもう分かったのに、敢えて聞いてやる。

優しく、笑って‥‥‥。



「‥‥‥う、ん」

「ったく、しょうがねぇ奴だなお前は‥‥‥ほら。帰るぞ」



数歩離れていた距離を詰める。
当たり前の様に手を取ると、ゆきはまた泣きそうになっていた。


だがそれは、背後に座る経正には見えなくて、だからこの野郎は人当たりの良い笑顔を浮かべている。



‥‥‥誰が見せてやるもんかよ。
こいつの泣き顔は、俺の物だ。





仕方なく俺の手を取り立ち上がったゆきの肩を、そっと抱き寄せ、胸に押し付けた。



「しかし意外でしたね。将臣殿が一人の女性に、これ程囚われる姿を見るなんて」

「‥‥はは。知盛も同じ事言ってたぜ」

「ええ、そうでしょうね。将臣殿が許婚殿を連れて帰って以来、一度もその姫君をお見せしてくれませんからね」

「そうだっけな」

「そうですよ。いつになれば会わせてくれるのかと、叔母上もお嘆きでしたから」

「‥‥‥尼御前が?」

「叔母上だけではありませんよ。邸の者は皆、心待ちにしておりましたのに」

「悪ぃ。勿体なくてな」

「おや、余程夢中なのですね」



俺の言葉を惚気と受け止めた経正は、声を上げて笑った。

それに合わせて俺も笑う。




「‥‥‥行くぜ、ゆき」

「‥‥‥‥‥‥」



肩を抱きながら促せば、ゆきは顔を上げた。

笑顔の俺にホッとした様子を見せて‥‥‥‥‥‥やがて、固まる。
眼が笑ってないとでも気付いたのかも知れないな。







それからは互いに無言で、部屋に向かって歩いた。

肩を抱きながら歩くのは逃げ出さない為だと、お前は知ってるか?












「いやぁっ!!‥‥‥」



‥‥‥部屋に入るなり突き飛ばされるなんて、思ってもみなかったか。



「‥‥‥将臣くん、なんでっ‥‥」



夜具の上で倒れたゆきが、怯えながら俺を見上げる。




肌蹴た裾から覗く、太股。
童顔の割に発育した身体が、扇情的‥‥‥とか。
案外冷静にゆきを観察していた。





これから何が起こるのか。

‥‥‥ゆきにも、何となく分かっているのだろう。






揺れる眼が

恐怖を訴えた



一歩、俺が踏み出すと
じり、と後退る。




「‥‥‥に、笑ってんじゃねぇ」

「‥‥‥‥‥‥え?」


ぼそっと呟いた言葉にすら、真面目に聞き返す。



‥‥‥こんな奴だから、俺はもう止められない。



「お優しい経正が、そんなに良かったのか?」

「わ、訳わかんないよ!何の」

「楽しそうにしてたな、俺に隠れて」



起き上がり身を翻そうとした腕を掴み、もう一度夜具に押し付けた。


ジタバタと暴れるから両手首を纏め、片手で押さえ付ける。

同時に腹の上に跨がった。




涙を溜めた栗色の、愛しい眼が俺を映す。



壊してやりたい衝動に、唇が歪んだ笑みを浮かべているのが、自分でも分かった。





「淫乱」





「‥‥‥‥ひ‥どい‥‥‥」





ショックのあまり力が抜けたゆきの身体。

唇を重ね、空いた手で袷を開く。



「‥‥‥やっ‥‥‥やだぁっ‥‥‥」




ふるふると首を振ると、涙が幾筋も流れる。



晒された白い肌。

手に、唇に、吸いこまれる程に滑らかな触り心地。





思いの外豊かな胸が
華奢な腰が
柔らかな足が


ゆきの全身が

喩えようもなく、綺麗だと思った。





「‥‥‥‥‥い、たっ‥‥‥やだぁっっ!!」








愛しく思う女を無理矢理開く。



泣いて懇願されても、今更止まる訳もなく。




その涙すら、俺だけに向けられたものだと思うと
‥‥‥‥‥‥益々いとおしくてならなかった。

















こんな形を望んだ訳じゃなかった。



泣かせたい訳じゃなかったのに
俺で泣いて欲しいと思う自分が、何処かにいた












「‥‥‥ごめん、な」



‥‥‥泣き疲れ、喪失した痛みと衝撃で意識を手放したゆきを抱き締める。

身体中に散った赤い鬱血の痕。






お前を墜とすつもりが、
先に墜ちたのは‥‥‥俺自身。




もう止まりそうにない。








 



‥‥‥これを狂気と呼ぶなら

俺は狂っても、いい。







crazy for you
誰かに壊される位なら


 

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