21

「よし御幸、合コンだ。合コンをしよう!」

「すんません帰っていいですかサヨナラ」

「オウ待て御幸コラァ」

 気付けば十一月を迎えていた。オフシーズンも間近に、引退した大恩人から呼び出しを食らったのでノコノコ出向けば、そんなことを言われたのだから回れ右したくなるというもの。以前、彼がハチ公と御幸を引き合わせた居酒屋の個室に踏み入れて、早々に回れ右する御幸の肩は、山田小太郎の手によってガシリと掴まれた。

「そう逃げんなって、取って食うワケでもあるまいし」

「逃げたくもなるでしょう。何ですか合コンって、学生じゃあるまいし」

「いやあホラ、お前も随分めんどくせー恋愛してるみたいだし? そしたらもうオジサンが一肌脱ぐしかないかなー、と。大丈夫、相手は嫁の後輩たちだ。美人ならより取り見取りだぜ!」

 一肌脱いだ結果がどうして合コンになるのか。百歩譲ってそこは好いた相手とセッティングして欲しいものである。いや、まあ、セッティングされたところで御幸に手出しするつもりはないのだが。

「いいですって、そういう気ィ回さなくても」

「いやいや、不毛な恋をする可愛い後輩を見捨ててはおけねえだろ」

「……」

「お前なあ、自分で手出ししないっつったんだろ!! 凹むな!!」

 凹んではない。ただ、人から改めて『不毛な恋』と言われると、こう、胃をギュッと掴まれたような気分になるだけで。黙したまま俯く御幸に、山田は元気付けるように背中を叩く。

「前も言ったろ、失恋には新しい恋だって!」

「……いや、別に失恋したわけじゃ」

「でも好きなのに付き合う気はないんだろ? じゃあ失恋じゃん、お疲れ! ガハハ!」

 山田は何故か嬉しそうだった。どれだけ御幸が彼女に手出しするのが許せないのだろう。ただの従兄妹のくせに、と胸の中で毒づくも結果的には山田の言う通りだ。これを失恋と片付けられるのは癪だが。

 とはいえ、この先輩が言い出したら聞かないことは、よくよく知っている。

「……分かりました、行きますよ。その合コンとやら」

「お、その意気その意気ィ! やっと前向きになってきたな、御幸!」

「どーせ奥さんにお願いされたんでしょ、俺を連れて来いって」

「ギ、ギクゥッ……」

 あからさまに身を強張らせる山田に、やっぱりかと御幸は嘆息した。相手が『嫁の後輩』な時点でそうじゃないかと思っていたのだ。何が失恋には新しい恋だ、ただ嫁に頭が上がらないだけではないか。御幸を心配しているのも嘘ではないだろうが、良いように使われるのはこちらとしても本意ではない。なので。

「つーわけで迎えは頼んだぜ」

「ええ……」

 帰りはマネージャーを呼びつけて車で帰宅する。今日も今日とて弱いくせにべろべろに酔っぱらった山田も何とか自宅に送り届け──怒り心頭の奥さんを前に、二人して震え上がった──、事の次第を説明する。週末に山田夫妻主催の大規模な飲み会がある。男側は独身野球選手、女側は女優だかモデルだかの集まり。しかし、今の御幸にはまともに彼女を募集する気もないのでそう告げれば、愛すべきマネージャーは気だるげな表情を隠しもせずに肩を落とした。

「なんだよ、迎え来てくれるだけでいーんだけど」

「いやいやその日オフなんですけど、私……」

「まーまー、夜にちょっと運転してくれるだけでいいからさ」

「ちょっとって……ああもう、分かりましたよう……」

 渋々と頷く彼女はマネージャーの鑑である。雇用主の命令は絶対、不平不満丸出しでも従う他ないのである。

「やだなー、そういう殿上人の会に顔出すの……」

 とはいえ、よっぽど嫌なのだろう。ぶつぶつと文句を零しながらマネージャーはアクセルをそっと踏み込む。彼女らしい理由に、後部座席に身を預けながら笑みを零す。

「なんでだよ、いつもそんな殿上人の世話して回ってんだろ」

「女性陣はまた別ですよ……狙ってる男の周りに、例え芋でも若い女が飛び回ってるの見て、いい気はしないでしょう……」

「芋ってお前」

「芋でも相手からしたら害虫ですよ、何度コタさんのお迎えで睨まれたか……あの人女遊び大好きでしたからね、昔は奥様にもよくヤな顔されたもんですよ」

 彼女も彼女なりに苦労することもあるようだ。悪いことしたな、と思いつつ、合コンとなると一杯は飲まされる。どうしたって帰りの足は必要になる。ごめりんこ、と形だけの謝罪を口にすれば、彼女はますます気落ちした。

「はあ……やだなあ……なんで合コンなんかするんスか……」

「え、嫌なの?」

「そりゃ嫌に決まってるじゃないですか!!」

「……な、なにが」

「御幸さんに! 恋人が! できるのが!!」

 ぎゅうっとハンドルに力を入れて、どこか怒りにも似た感情を露わにするマネージャーの言葉に、心臓が跳ねた。御幸がどんな付き合いをしようと、彼女には関係ないはずだ。どうして嫌がるのか。まさか、でもしかし、嬉しい。でも困る。複雑な心境のまま理由を訊ねれば、信号が赤になった瞬間にバックミラー越しに睨まれた。

「不眠も治ってないのに恋人作られたら、どうやってあなたを寝かすんですか!!」

「……」

「恋人ってことは当然一緒に居る時間が増えるわけで、そうなったら夜どうしたらいいんですか……いや恋人ができることで治る可能性もあるのかな……?」

「……」

「でも実際どうなるか分かったもんじゃないしなあ……男女のそれではないですが夜通し電話してます、なんて恋人さんに言って信じてもらえるとは思えないし……」

「……」

「ああ、ヤだなあ……お願いですから恋人はご自身の体調が改善してからにしてくださいよ……ただでさえ選手の傍に居る女職員は、恋人さんに嫌がられるんですから……」

 ──まあ、そんなことじゃないかとは思ってたが。期待はしてない。彼女にそういう目で見られてないことは、誰よりも自分が一番知っている。知ってはいるが、やはりダメージは大きい。全く、聞かなきゃよかった。彼女の運転する車に揺られながら、御幸は儘ならぬ己の人生を思った。



***



 さて、そんなこんなで合コン当日。都内某所の会員制のバーに錚々たる野球選手とモデルやら女優やら集結していた。いかにも高級店です、とばかりの豪奢な内装の薄暗い店内は、大きなホールといくつかの個室が併設されており、皆各々好き勝手に飲んで食べて騒いでいる。お互い気があったら個室でごゆっくり、と先輩たちに囁かれた御幸だが、当然そんな気もなく。出された食事だけ淡々と消化しながら、早く終われと壁の花と化していた。

 意外にも、御幸はこういった場ではあまり注目されない。そりゃあ一般人から見れば高収入・容姿端麗・運動神経抜群と優良物件ではあるのだが、問題は中身だ。そもそも野球一辺倒の御幸に他人と盛り上がるだけの会話のカードはなく、話しかけられはしても会話がほとんど続かないのだ。一方的に喋られて相槌を打つことはできても、自発的に会話をしない。そのため女性陣からの評判はあまり良くない。この年になれば、みな結婚も視野に入れた出会いを求めている。喋らぬ気の利かないイケメンよりも、愛想のいいトーク上手なフツメンの方に需要があるのは、まあ当然のことだった。そもそも御幸には今喉から手が出るほど欲した相手がおり、此処へは山田の顔を立てるためだけに来たようなものだ。御幸にその気がないのに場が盛り上がるわけもなく、結局御幸は壁の花と化してしまうのだ。

「(帰りてぇー……)」

 暇だ。この時間バットを振り込んでいた方が百倍有意義だ。冷めた料理に、味も分からぬアルコール、顔もおぼろげな女たちの笑顔、そのどれもが御幸一也にとって価値のないものだ。それなら、家に帰ってマネージャーの作る温かな手料理を囲みながら、仕事の話でもしながらぎゃあぎゃあ騒ぎたい。早く迎えに来い、御幸は何度も何度も彼女のスマホにメッセージを送り続けるも、珍しく反応が悪い。本人曰く『友達と遊びに行くだけ』らしいが……。

「御幸さん、楽しんでますか?」

 すると隣に、名前もうろ覚えな女が座った。シャンパングラスを片手にたおやかに微笑む女は、さぞ有名なモデルか女優なのだろう。それぐらいの美醜の区別はつく。とはいえ、それを魅力と感じるかはまた別の話だが。

「……まあ、それなりに」

「うそ。全然お酒進んでないじゃないですか」

 手にしたグラスを指差され、御幸は曖昧に笑みを浮かべる。艶やかな爪はどう加工されたのか知らないが、つやつやと輝いている。ああ、女だな、と思う。久しくそういった『女』を間近で見てなかった。いやまあ、あのマネージャーも性別上は女性なのだが、どうにもこういう人種とは違う気がするのだ。いつも最低限の化粧で、髪は適当に束ねているだけ、服装は常に球団のジャージで、落ち着きやら淑やかさなんて無縁とばかりに忙しなくウロチョロしている。それでも、その洒落っ気もないその姿でさえ愛しく思うのだから重症だ。

 思い出し笑いが込み上げてきて、誤魔化すようにグラスに注がれたワインに口を付ける。

「こういう場はお嫌いですか?」

「……そうっすね、あまり」

「正直すぎますよ」

 そう言いながらクスクスと、どこか癇に障る笑みを浮かべる女。最低限の愛想しか返さない御幸に対して、じっとりと絡みつくような空気を醸し出す女に全てを察する。ああ、狙われているのか、と。それでも、やはり心は動かない。それどころか、早く帰りたいという気持ちが強まった。早く、早く迎えに来い。もう片方の手でマネージャーに何度もメッセージを連打するも、既読の一つもつかない。どこで尻尾振ってるのだ、あのハチ公は。苛立ち半分にスマホを睨んでいると、隣の女が手元を覗き込んできたので反射的に画面を伏せた。無礼を口にするより先に、女はしゅんと眉尻を下げてきた。

「もう……帰っちゃうんですか?」

「明日も早いんで」

 大嘘である。もう横の女に対して御幸の興味はなくなった。握り締めたスマホを見下ろしながら、御幸は半ば殺気立ったようにメッセージやスタンプを連打する。

「あのっ、連絡先だけでも」

「いや、そういうのはいいんで」

「でも私、私は、ずっと──っ!!」

「初対面ですよね?」

 一人で勝手に盛り上がる女に釘を刺せば、悔しそうに唇を噛み締めて言葉を失った。本気で初対面だと思っているのだが、違ったのだろうか。悪気なくそう言って、御幸は立ち上がる。だめだ、向こうが来ないならこっちが行くだけだ──なんて考えるあたり、御幸も強かに酔っているのかもしれない。手のひらのスマホのメッセージ画面が既読になったことにも気付かず、コートを羽織る男の服の裾を、恋に酔った女がぎゅうっと掴む。

「……離してもらえません?」

「初めて、じゃないです。ずっと、ずっと好きだったんです!」

「申し訳ないんですけど、期間とかは別に関係ないんで」

「そんな、私──」

 冷たく突っぱねる御幸に、女はいよいよ涙を浮かべ始めた。面倒だ、けれど優しくしてなあなあにする方がもっと面倒だ。好意は嬉しいが、やはり誰かを思いながら他の誰かと付き合うことはできない。御幸はきっと、そんな器用には振る舞えない。山田にもこういう気の使い方は金輪際しないようキツく言っておかないと、そう思って無造作に女の手を振り払う、と──。

「……え?」

「お──お待たせ、しました……?」

 振り返った先に、一人の女性が居心地悪そうに佇んでいた。その声を聞くまで、一体誰だか分からずに言葉が出なかった。けれど、間違えるはずもない。毎晩毎晩耳にするその柔らかな声を、どうして間違えられようか。けれど、目の前にいるのは洒落っ気一つない球団ジャージの付き人ではなかった。

 彼女は、見たことないAラインのアイボリーのスーツに身を包んでいた。下ろした髪は艶めいており、緩やかなカーブを描いている。いつも桜色の爪は今日はカラフルに彩られているし、顔だって、化粧なんか全然分からないが、いつもと違う。ちゃんとしてる。可愛くて、綺麗だ。いつもよりも、ずっと。でも、紛れもなく彼女だ。御幸のマネージャーだ。それが分かるのに、言葉が出ない。幸運にも、予想した人物、けれど予想だにしない姿に言葉を失ったのは、何も御幸だけではなかった。

「嘘だろ、あいつハチじゃねえ?」

「え、いや、マジ? あれが?」

「へー、結構可愛いじゃん」

「いや化ける化けるとはいうけど」

「別人だろ、あんなの……」

 この場にいる男たちの視線を掻っ攫う女は、非常に居心地悪そうに身じろいでいる。そりゃあ、女優やモデル並みの美貌なわけではなければ、芸能人らしいオーラが出ているわけでもない。それでも、普段見慣れた女が別人のように変貌を遂げた方が、そのギャップに引き寄せられてしまうらしい。一方で女たちは『何であんな女が注目を集めるのか』とまるで理解できない様子。二種類の視線に揉まれ、彼女はますます肩身狭そうに俯く。

「え、ええと……か、帰り、どう、します?」

 遠慮がちに訊ねられて、初めて御幸の動向を待っていることに気付く。そんなもの、聞かれるまでもない。

「行くぞ」

「え、あ──」

 数多の女と、多くのチームメイトの視線を振り切るように、御幸はマネージャーの細腕を掴んで、半ば引きずるようにして店を出る。彼女はおろおろと、店と御幸を交互に見やっている。

「よ、よかったんですか? あの人と、話してたんじゃっ」

「じゃなきゃ、あんなに連絡しねえよ」

 苛立ちをぶつけるように冷たく返せば、付き人は驚いたように目を丸くする。しまった、彼女に当たってどうする。でも、どうしても腹が立ったのだ。ちょっと着飾ったぐらいで彼女を見る目を変える男たちも、ただの一度だってこんな姿を見せたことのなかった隣人にも、そんなことさえ許せない狭量な自分にも、何もかもだ。けれど、そんな御幸の子どもじみた嫉妬を包み込むように、彼女はにこりと笑って頭を下げた。

「到着が遅れて、申し訳ございません」

 小さな後頭部。見慣れたはずのそれは、今はふわふわとしており、毛並みのいい子犬のようだと思った。それを見ていると、こんなことで謝らせてしまった自分の小ささに自己嫌悪がじわりと湧き出てくる。思い出したように手を放し、御幸も頭を下げた。

「……いや、悪い。お前だって、久々のオフだったのに」

「いえいえ。お仕事第一ですので」

 大して気にした様子もなくそう告げて、慣れたようにエレベーターのボタンを押し込む。人の苛立ちを収めることに関しては、山田小太郎同様の才能があるのかもしれない。だから御幸も、苛立ちだとか気まずさだとか、そういうものは忘れることにして、普段通りに努めた。

「いやでも、オフの格好じゃねえだろ、それ」

「仕方ないじゃないですか。せっかく買い物したり美容院行ったりのんびりしたかったのに、御幸さんが仕事入れるから。球団のジャージ姿で出歩くわけにもいかないし……」

「だからってスーツかよ」

「私服だとマスコミに写真撮られた時に言い訳できないでしょう? ただでさえ隣に住んでますからね……」

「……そういうことか」

「ええ、ええ。おかげで友人から『今から結婚式に行くの?』って笑われましたよ、もう……」

 なるほど、スーツに合わせて着飾っていたのか。全部、御幸のためだったのか。そう思うと、先ほどまで燻っていた苛立ちの一つは容易くぱちんと消えた。我ながら単純すぎる。苦笑を漏らしながら珍しい格好を少しでも見ておこうと、エレベーターに乗り込んで振り返ったその時、御幸は面を食らった。

 どこから出したのか、彼女は洒落たスーツの肩に球団のジャージを羽織っていたのだから。

「……ハァ、それもマスコミ対策ってわけね」

「これならどっからどう見ても関係者ですからね!」

 フフンとドヤ顔で胸を張るマネージャーの徹底ぶりは誇らしい。山田小太郎なら流石だと手放しで褒めただろう。選手を気遣うその精神は素晴らしい。素晴らしいのだが、どうにもこのマネージャーは男心をあまり分かってはいないようだった。

 そんな有能マネージャーが運転する車に乗り込んで、御幸は帰路に付く。フェミニンなスーツ姿を台無しにする球団ジャージが今日ほど憎く見えたことはない。ちらりと見える横顔は見慣れないものではあるが、好きな相手が着飾った姿だ。思わず見つめてしまうというものだ。

「な、なんスか?」

「いやー……変わるもんだな、と」

「……はあ、だから今日行くのヤだったんですよ」

 じろじろとした不躾な視線に、彼女はムスっとむくれてしまった。どうやら、からかわれていると思っているらしい。そういうつもりはないのだが、と御幸は思ったことを素直に口にする。

「なんで? 似合ってんじゃん」

「え、あ、エ──」

「いつもそういうカッコ、すればいーのに」

 下心は、ある。多少は。けれど、好いた相手が着飾っている姿を厭う理由がない。だから自分でも珍しく、素直に褒めた。あわよくば気をよくしてくれればいい、と思いながら。そんな御幸の安い作戦は案外功を奏したようで、彼女の顔は見たことないぐらい真っ赤に染まっていた。

「ちょ、勘弁してくださいよ、急に……」

「なんだ、案外可愛いとこあるんだな」

「かわっ──ちょ、御幸さん酔ってるんスか!?」

「あー、ちょっとだけ?」

「くうう、この酔っ払いめ……」

 どこか悔しそうな悪態を聞きながら、御幸は揺れるシートに身を委ねる。酔い、酔いか。まあ、それでもいいか。本心からの褒め言葉を素直に受け取ってくれない捻くれ者なら、アルコールのせいにしてもいい。可愛げのあるそぶりを見せてくれただけでも、十分だった。どこかふわふわとした気分で、御幸は車の天井を仰ぐ。

「今日、何してたんだよ」

「きょ、今日は……久々に自分へのご褒美を。髪切って、ネイル行って、服買って、友達とご飯食べて……まあ、そんな感じです」

「ふーん、案外普通だな」

「私のこと何だと思ってるんスか……しょうがないじゃないですか、次の飲み会まで日がなくて……ミッシーマ先輩、結構ファッションにうるさくて──」

「……三島?」

 前言撤回。前言撤回だ。突如嫌な予感と嫌な名前が過り、ふわふわとした幸福感はどこへやら、二トーンほど低い声が飛び出して運転手は飛び上がった。

「え、ええ……今度、薬師の皆さんと飲み会があって……」

「何お前、男との飲み会のために着飾ってんの?」

「言い方ぁ!!」

「要はそういうことだろ」

「別に女見せに行ってるわけじゃないですし!!」

「どーせ真田もいるんだろ、同じだって」

「しょうがないじゃないですか!! オフがなさ過ぎて着飾る暇もないんですもん!!」

「別に、仕事の時もちゃんとすればいいだろ」

「嫌ですよ!! それこそ女見せてるだの何だのってからかわれるじゃないですか!! 今日だって皆さん、あんなに驚いて!! 失礼な!! 何が別人じゃい!!」

「……」

 驚いた側の男なだけに、何も言えなくなってしまった。意外とお洒落を楽しみたいタイプだったらしい。その機会を奪っているのもまた御幸なので、プリプリ怒る彼女から目を逸らすことしかできない。

「私はただ、数少ないお洒落の機会を堪能したいだけです!!」

「……へいへい、分かったよ。で、その飲み会いつ?」

「えーと……来週の土曜です」

「ああ、こないだのトークショー蹴ったからオフになったのか」

「そういうことで──え、御幸さん? 今更受けるとか言いませんよね?」

「んー、どうしよっかなー」

「その言い方は受ける流れじゃないっすか!!」

「だってお前、あんなにトークショー出ろ出ろ言ってたろ?」

「そりゃ子ども向けのイベントなんか出てなんぼでしょ!! イーッ、信じられない!! 帰ったらイベント会社に連絡しなきゃ……!! ああもう、統轄マネ今起きてるかなあ……!!」

 イエスともノーとも言っていないのに、彼女は方々への調整で頭がいっぱいになったようだ。冗談のつもりだったのに、とは今更言い出せず。けれど、自分よりも御幸の選択を迷いなく優先するその姿に、まあいいかなんて思ってしまい。面倒な仕事だが、それで真田との接触機会を潰せるなら、安いものだ。

 そんな下らないことのために彼女や、彼女の周りの人を振り回すなんて、男以前に人としてどうかと思う良心はある。それでも、華やかに着飾ったこのマネージャーが真田と肩を並べて──それこそ、今日みたいに──酒を酌み交わしている姿を想像するだけで、吐き気がした。だから、せめて。その男以外なら、きっと祝福してみせる。だから許してほしいなんて、口が裂けても言えないのだけど。

「もぉお……何でお二人ともそんな仲悪いんスか……」

 べそべそと文句を呟きながら、今日も安心と安全の運転で御幸の車は静かに車道を走る。状況を何一つ理解できていない彼女に、お前のせいだ、と言いかけて、その言葉をそっと飲み込んだのだった。

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